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2013年11月10日(日) 天地人 「かつて、あけぼのは『出世列車』と呼ばれた Web東奥

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写真はブログ秋田こまち通り鉄道撮影記からお借りした    

  

Web東奥 
 青い塗装の寝台特急「ブルートレイン」。青色には沈静、癒やしの効果があり、いかにも寝台列車にふさわしい。欧州の王室が好むロイヤルブルーにちなむ、という説がある。フランスの夜行列車も「ル・トラン・ブルー」(青列車)だった。

 そのブルトレが死語になりかねない。北海道新幹線の開業に合わせ2015年度末までにすべて姿を消す見通しだ。本県と首都圏を結ぶ唯一の寝台特急「あけぼの」は、一足早く来春のダイヤ改正で廃止されるとか。

 かつて、あけぼのは「出世列車」と呼ばれた。寒村を出て都会で一旗揚げた成功者が、土産を山ほど抱えて個室のA寝台に乗り込み、古里に錦を飾る。昭和のにおいが残る列車である。

 学生時代、東京からの帰省は安価な座席急行を使った。「走るホテル」と称されたブルトレは憧れの的。「はくつる」「ゆうづる」…。社会に出ても満足に利用できないうちに、本県ゆかりの寝台特急は次々消えた。

 高度経済成長時代から、夢や希望、哀愁を乗せて北の鉄路をひた走ったブルトレは、時代の空気も運んだ鉄道遺産である。その軌跡に人生を重ね合わせる人も多かろう。九州一周の旅を売り物にする豪華寝台列車に人気が殺到する中、上野発、青森行きの夜行列車が歌の世界だけになるのは、やはりさみしい。




 急行の夜行列車にもずいぶん乗ったね。博多駅から翌朝、鹿児島に着いたり、鳥取大山スキー場や、高校の修学旅行も関西、東京へ床に新聞紙敷いて寝たりして(笑)。次に高級感のあるブルートレインにも関西や東京にも随分乗ったものだ。

 関西で仕事に就いての往復も全部ブルートレインだったのに、1975年(昭和50年)3月10日に岡山駅 - 博多駅間の山陽新幹線が開通した時には、嬉しかったが、夜行寝台だと日曜日の夜中まで博多で過ごせたのに、夕方の新幹線に乗らなければ関西に戻れなくなった時には寂しかったものだ。

 でも、北海道新幹線の2015年は新函館駅までなんだよな。札幌駅までの開通は、ウィキペディアによると、当初2019年度までの完成を目指していたが、巨額な費用がかかることなどから工期が24年間に延びたため、2012年8月の着工を経て、2035年度の開業を予定しているとか、北海道は忘れられている感じだね。え〜っ営業主体は北海道旅客鉄道になっている。これじゃーますます経営を圧迫するのじゃーないかな?


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