毎日新聞11月5日朝刊(毎日jpには掲載無し)
前回、今の世の中の仕組みは若者が生きにくい形となっていると書いた。日本は民主主義で自由、平等、博愛が国是。うわべものが溢(あふ)れかえり、今のところ一応豊かな国ということになっている。だが唯一ないものは未来だ。若者たちは、生物として察知している。これをはっきり深刻に考えることはなくとも若き者にとって、漠然たる不安、あるいは滅びの予感を抱いて当然。これがさまざまな形の悲鳴となってあらわれているのだろう。
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一方で、高齢者の犯罪の増加が言われる。窃盗、強盗、殺人など、高齢者の犯罪率は高まっている。窃盗の中では万引きの割合が高く、一般的によく言われる出来心というより、一概には言えないにしろ、経済的に困窮したあげくのことも多いらしい。
また、ストーカーの加害者となる高齢者の数も増えている。かって、年を取れば早めに隠居、子や孫に囲まれて、老いたなりにも人生の先輩としての貫禄があり、役割があった。今は子供が育てば夫婦の2人だけ。どちらかが先だって、1人きりとなる。女性の場合、友人、知人とのつき合いもある。また趣味も多い。男は駄目。引きこもって日がな一日、ぼんやりのケースが多い。これがボケに繋(つな)がる。あるいはアルコールに依存するようになる。ストーカーに走る場合、どんな対象を相手とみなすのか判(わか)らないが、例えば近所の飲み屋で喋(しゃべ)った、あるいはスーパーで少し優しくされた。これがたちまち年来の知人の如(ごと)く思え、はじめ独りよがり、やがて執拗(しつよう)な行為に転じ、ストーカーとなる。どうせ老い先は短いと自爆時棄、身勝手そのもの。なかなか死ねない、寂しく虚(むな)しい独り身がいつまで続くのか。人間と何日も言葉を交わすこともなく、何の生き甲斐(がい)もない。
写真は2012年7月7日 毎日新聞から
高齢者の犯罪には、その背景に孤独がある。
生活環境が整い、まず餓死がほぼなくなった。昔に比べ、薬が一般的となった。かってなら安らかな早死に多かったが、今は苦しんだあげくの長生き。どちらがどうとは言えないが。
劇的な医療の進歩を否定はしない。ぼく自身、おかげで、今、生きている。また昔は新生児、乳児の死がよくあったが、技術によって幼い命が救われるケースも格段に増えた。抗生物質、ワクチンの普及、末期医療の進歩は助からない病人を永らえさせる。一方で老々介護が言われ、夫婦の片方が寝たきりとなって無理心中のケースも珍しくない。
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文明の発達は長寿をもたらした。この喜ばしい事態。だが、実際は老いを迎えれば、経済状態、家庭環境によって格差が広がるようになった。およそ50年前ならごく自然に死を迎えたはずの人間が、ピンシャンしている。めでたい長寿国と言いながら、それに対し、社会の仕組みが追いつかぬまま。これは日本のお上に受け継がれる何でも先送りだけが問題じゃない。世間もまた同罪。
年金の破綻は目に見えている。消費増税で社会保障費をまかなうというが、しょせん当面の誤魔化(ごまか)し。今でも年金ではまず生活が成り立たぬ。今後、社会保障費の負担はますます増大するばかり。つれてサービス削減は必至。老人医療費も減額となって、これまで長寿と持ち上げておきながら、これからは死者を死なせしめと、変わるだろう。
独り身となった高齢者が、形ばかりの治療を済まされたあと、病院からさっさと追い出されている。病院側も手一杯のところが多い。限られたなかで人手を取られる。採算も考えなきゃならない。ぼく自身、高齢者医療の恩恵を受け、有り難みを感じてもいる。だがその恩恵も長くはないだろう。高齢者の大量死はそう遠くない。いま、ほとんどが病院のベッドで死を迎え、畳の上では死ねない。生き延びるには金がかかり、結局、ゆとりのある者だけが延命。
これからますます弱者淘汰(とうた)が進む。不要な存在と決めつける。これは老人だけに限らない。若者も含まれる。やがて日本全体がすさむ。人間らしく生きて死ぬ。この当たり前が通用しない世の中。歪(いびつ) な長寿社会の先行きは暗い。これもまた豊かさだけを追い求めた戦後のツケ。(企画・構成/信原彰夫)
野坂昭如さん、今日も全文転載させていただきました。
そうなんだな、今の若者たちは今から先どうなるんだろう?きっとみんな力強く生きてはいくと思うけど、小父さんたちの世代よりもはるかに世知辛い人生を送っていくことだろね。
高齢者の犯罪、ストーカー記事については小父さんも男だからこの社会現象には分かる気もする。みんな寂しいんだね。昔はそんな事件はなかったのかな?あるいは表沙汰にならなかっただけなのか?高齢者が万引きせざるを得ないような状況に追い込まれるって寂しすぎる。
アルコール依存症はよくみるね〜。社会的弱者だな。時々とばっちりも受けるが憐れみも感じる。気が弱くって、お酒が強いってのは損だね。
まあ、人の心配ばかりをしないで消去法で自分の心配をしておこう!このコラム全体が生きていく上のチェックリストみたいだ。もちろん、今の政治に照らし合わせることも忘れてはいけない。
野坂先生有難うございました。