毎日新聞 2013年07月26日 00時30分
アプリコットやサクランボの果樹園が連なったその地区は昔、「喜びの谷(バレー)」と呼ばれていた。今は、別の名で「超」が付くほど有名。アップル、グーグル、フェイスブック、インテル……。シリコンバレーだ。
大恐慌にみまわれた1930年代。米カリフォルニア州スタンフォード大で電気工学を教えていたフレデリック・ターマン先生は歯がゆい思いをしていた。地元に就職先がなく、優秀な卒業生たちが東海岸まで出て行かざるを得ない。じゃあ、いっそ、と教え子たちに起業を呼びかけ始めた。
まずは、ビルとデービッド。1939年、2人はデービッドの家の車庫に会社を構える。ビルの名字はヒューレット、デービッドのはパッカード。パソコンで世界を代表するヒューレット・パッカード(HP)が誕生した。
第二次世界大戦が終わり、入学生の急増に対応するため、ターマン先生は広大な大学の敷地を企業に貸し、収入を増やした。企業からは大学で研究したいという人材を受け入れた。先生たちにも起業や学生が作る企業への出資を勧めた。ターマン先生は「シリコンバレーの父」と呼ばれるようになる。ちなみに、シリコンが材料の半導体を作る企業が集まっていたから、シリコンバレー。
政治家や官僚が旗をふる「成長戦略」で生まれたわけじゃない。地元に一流のものを築いてやろうという気概や、人材とお金を結びつける工夫や、自由でのびのびのカルチャーが何十年もかけてはぐくんだ谷。特区を作り、2〜3年で官製バレーをこしらえようとか、間違っても考えるなかれ。
主役は民間。成長戦略実現国会なんて心配ご無用! 立ち上がる主役たちはどこ?
こんな仕組みが今の日本にもあるITのベンチャー企業を生み出していったんだね。今、検索すると山のように出てきたが彼らは、本当に食っていけるような会社に成長していくんだろうか?
検索して見つけることが出来なかったが、最近のNHKのBiz+サンデーでアメリカの経済関係の人が、企業家がどれだけ育っているかが、その国の発展と関係あり。日本は企業家が育っていないという意味のことを話していた。
なんだかシリコンバレーのアップル、グーグル、フェイスブック、インテル……は、宝くじに当たったか、西部開拓で金を掘り当てたみたいな気がしてくるね。本当は血のにじむような努力で裏付けされているんだと思うが・・・。