寺島実郎・日本総合研究所会長=三浦研吾撮影
毎日新聞 2023/5/10 東京朝刊 有料記事
日本が試されている。ロシアによるウクライナ侵攻は終結するめども立たず、核の脅威は高まり、新興国や途上国などの「グローバルサウス」が台頭している。主要7カ国首脳会議(G7サミット)の議長国として、日本に何ができるのか。日本総合研究所の寺島実郎会長(75)に聞いた。【聞き手・宇田川恵】
国際社会での立場、露に自覚促す役割
――中国はもちろん、インドをはじめとした「グローバルサウス」が力を増し、世界は多様化しています。先進国の集まりであるG7サミットをどう見ますか。
G7サミットと日本の立ち位置を相関させて考えたいと思います。サミットは元々、第1次石油危機(1973年)を背景として、75年に先進国が主導して世界秩序の基本枠を議論し、その方向付けを行おうとしたことがきっかけです。
当時の日本は世界経済における存在感が徐々に大きくなりつつある時期でした。G7サミットは欧米先進国の枠組みに日本が登場した初めての舞台であり、その後もアジア唯一の参加国として日本は胸を張ってきました。しかし今、状況が変わってきています。
――どういうことですか。
日本の国内総生産(GDP)が世界に占める割合は94年がピークで約18%でした。この年、日本を除くアジアは中国やインド、東南アジアなどすべてを加えても5%に過ぎませんでした。
2000年には九州・沖縄サミットが開かれましたが、この年も日本のGDPはまだ世界の15%を占め、日本を除くアジア全体は7%でした。
ところが21世紀に入りパラダイム転換が起きたのです。10年に日本のGDPは中国に抜かれました。アジア各国も急速に成長した一方で日本は停滞し、22年の日本のGDPは世界のわずか4%。これに対し、日本を除くアジア全体は25%です。20年代末にインドにも抜かれる可能性が大きい状況です。
そして注目すべき点に、1人当たりのGDPがあります。これは人々の豊かさを示す指標の一つですが、22年に日本は台湾、韓国にほぼ並ばれました。
――もうアジアの代表とは言えないと。
日本がアジアで唯一の豊かな経済大国というのはもはや幻想です。私は先日、シンガポールを訪ねましたが、アジア各国では「日本はアジアをリードする先進国」という意識は消え始めていると実感します。
その中でも日本は「アジアの中で唯一、G7の一翼を担う先進国」ということで胸を張っていますが、世界秩序を形成するうえで日本が次なる世界秩序への視界と構想を有しているでしょうか。日本が置かれている状況を的確に認識できていないことが重大な問題だと思います。
――日本は何をすべきですか。
広島サミットの議長国としてやるべきことは2点あると思いますが、どこまでやれるか注目もしています。
岸田文雄首相は3月、ウクライナを電撃訪問し、ゼレンスキー大統領と会談しました。日本国内では、表面的には「評価」され、内閣支持率も上がりました。しかし、日本が真にアジアを代表するG7参加国であるなら、しかも議長国の立場にあるなら、本当にすべきことは何だったか。私はウクライナに入ったその足でロシアに行くべきだったと思います。
ウクライナ戦争は大きな悲劇をもたらしており、終わらせなければいけません。岸田首相はウクライナを訪問する直前に、インドを訪問してモディ首相と会っています。インドはロシアとも微妙ながら友好関係を保っている国です。
岸田首相はまず、停戦・和平の条件についてモディ首相と考えをすり合わせ、インドと日本の共同提案としてまとめるような行動に出るべきだった。それをゼレンスキー大統領とロシアのプーチン大統領に示して両国の本音を確認し、広島サミットに持ち込む。それができるチャンスだったはずです。
――インドを巻き込み、議長国の立場を利用すれば、停戦の足がかりを作れたと。
日本にそんなことができるのか、と言う人はいるでしょう。でも安倍晋三元首相はプーチン大統領と27回も会談しています。岸田首相は安倍政権下で外相を務めており、ロシアとのつながりも責任もあるはずです。
そもそも日本は北方領土問題を抱えており、領土交渉を進めたいという思惑もあって、ロシアが14年にウクライナのクリミア半島を併合して以降も関係を維持してきました。国際社会では「プーチンを増長させた一因は日本にある」という論があるほどです。
そういう状況を踏まえるならば、日本は単に「G7で結束してウクライナを支援する」などの定番の言葉で取り繕うのではなく、必死にウクライナ戦争の停戦に向けた道筋を探るべき立場にあるのではないかと思っています。
――ロシアについては、「単に締め上げるだけではダメだ」とも指摘していますが。
クリミア併合以降のロシアに対する日本の姿勢については深く省察しなければなりません。ただ、現実問題として、ウクライナ戦争を第三次世界大戦にするような愚かな方向に向かわせてはいけません。
今回の戦争については、「スラブ民族間の領土争いであり、世界が巻き込まれてはいけない」という意見もあります。一方で、「国連憲章に違反して、主権国家であるウクライナに軍事侵攻をしたロシアを許せない」という意見もあります。単純にロシアを締め上げるということで、果たして良いのでしょうか。
ロシアは日本の隣国です。その隣国が他国を脅すようなことはせず、国際社会の中で責任ある立場にあると自覚し、国際社会の健全な参画者となるように働きかけ続けていくことが、日本が果たしうる重要な役割だと考えます。北大西洋条約機構(NATO)など欧米の軍事同盟と同じ視点に立ち、ロシアを孤立させ、核の使用を誘発することは賢明だとは思いません。
グローバルサウスと脱二極化への連携を
――日本が議長国として行うべき2点目のポイントは何ですか。
広島は、言うまでもなく被爆地です。今回、その地でサミットが行われる意義をよく考えることが重要です。その一つとして、核兵器禁止条約への日本の参画の可能性について、真剣に議論をすべき時です。日本は「米国の核の傘で守られているから条約に参加できない」としていますが、そこから一歩踏み込んで、条約への部分的な参画を模索すべきです。
例えば、条約第6条には核兵器の被害地への援助が記載されています。現実的に核の被害地は広島や長崎だけでなく、原発事故の起きたウクライナのチェルノブイリや福島、そしてかつて核の実験場となった南太平洋地域など世界中にあります。核なき世界を語るなら、そういった被害地の復興への支援などに日本も踏み込むべきです。今回の広島サミットが歴史に残るとしたら、そこがカギになると思います。
――広島サミットではグローバルサウスとの関係強化も協議される見通しです。グローバルサウスに対し、日本はどう向き合うべきでしょうか。
グローバルサウスとは、アフリカや中南米、アジア、中東など南半球を中心とした途上国や新興国を指します。その中でインドはその「盟主」を自任しています。彼らが発信している重要なメッセージは「脱二極化」です。
世界について語る時、「西側諸国対ロシア・中国」、「民主主義陣営対権威主義陣営」などの対立構図を作り、世界を二分して見ようとする傾向が強まっています。これに対しグローバルサウスは、ロシアが正しいと言っているわけではなく、「世界を二つの極に分断するな」と訴えています。
日本にとっても、世界が分断されることは国益にかないません。なぜなら、日本は資源のない通商国家であり、世界が平和であって、各国が協調する体制にあることこそが国益につながるからです。脱二極化を訴えるグローバルサウスとの連携は、理想主義ではなく、現実的、戦略的に賢い政策シナリオなのです。
――G7の一翼だと誇る前にやるべきことがあると。
グローバルサウスは実際には、かつての「非同盟諸国会議」のような組織で結束しているわけではなく、第三極を形成するほどの力を持っているわけでもありません。インドをはじめ、それぞれの国が国内外にさまざまな問題を抱えており、必ずしも安定してはいません。だからこそ、アジアの、技術を持った民主国家としての日本は、グローバルサウスの意向をしっかりとくみ、彼らをも巻き込んで、世界にメッセージを発信し、連携を強めるよう働きかけていくことが必要なのです。
■人物略歴
寺島実郎(てらしま・じつろう)氏
1947年北海道生まれ。早稲田大大学院政治学研究科修士課程修了、三井物産入社。米国三井物産ワシントン事務所長などを経て、日本総合研究所会長、多摩大学長などを務める。近著に「ダビデの星を見つめて」など著書多数。
私は関口宏のサンデーモーニングに月に1~2回出演して解説する寺島実郎さんの話が特に好きだ。
なんでも安倍政権下でこの番組が偏向しているとかいないとか国会で騒いでいたけど、岸田首相も『世界一受けたい授業』に出演して、安倍元首相の大阪の吉本新喜劇の舞台出演にも似たような人気取り(=選挙運動)なんて止めて、各局の報道番組に出演して今の世界を説明するような時間を持てばと思いますね。
しかし、首相がそのような真面目な番組で出るたびにメインキャスターが左遷されたようなこともいくつか見てきたけど・・・。せめて岸田首相のブレーンくらいは、このコラムに目を通したでしょうね!?
毎日新聞 2023/5/10 東京朝刊 有料記事
日本が試されている。ロシアによるウクライナ侵攻は終結するめども立たず、核の脅威は高まり、新興国や途上国などの「グローバルサウス」が台頭している。主要7カ国首脳会議(G7サミット)の議長国として、日本に何ができるのか。日本総合研究所の寺島実郎会長(75)に聞いた。【聞き手・宇田川恵】
国際社会での立場、露に自覚促す役割
――中国はもちろん、インドをはじめとした「グローバルサウス」が力を増し、世界は多様化しています。先進国の集まりであるG7サミットをどう見ますか。
G7サミットと日本の立ち位置を相関させて考えたいと思います。サミットは元々、第1次石油危機(1973年)を背景として、75年に先進国が主導して世界秩序の基本枠を議論し、その方向付けを行おうとしたことがきっかけです。
当時の日本は世界経済における存在感が徐々に大きくなりつつある時期でした。G7サミットは欧米先進国の枠組みに日本が登場した初めての舞台であり、その後もアジア唯一の参加国として日本は胸を張ってきました。しかし今、状況が変わってきています。
――どういうことですか。
日本の国内総生産(GDP)が世界に占める割合は94年がピークで約18%でした。この年、日本を除くアジアは中国やインド、東南アジアなどすべてを加えても5%に過ぎませんでした。
2000年には九州・沖縄サミットが開かれましたが、この年も日本のGDPはまだ世界の15%を占め、日本を除くアジア全体は7%でした。
ところが21世紀に入りパラダイム転換が起きたのです。10年に日本のGDPは中国に抜かれました。アジア各国も急速に成長した一方で日本は停滞し、22年の日本のGDPは世界のわずか4%。これに対し、日本を除くアジア全体は25%です。20年代末にインドにも抜かれる可能性が大きい状況です。
そして注目すべき点に、1人当たりのGDPがあります。これは人々の豊かさを示す指標の一つですが、22年に日本は台湾、韓国にほぼ並ばれました。
――もうアジアの代表とは言えないと。
日本がアジアで唯一の豊かな経済大国というのはもはや幻想です。私は先日、シンガポールを訪ねましたが、アジア各国では「日本はアジアをリードする先進国」という意識は消え始めていると実感します。
その中でも日本は「アジアの中で唯一、G7の一翼を担う先進国」ということで胸を張っていますが、世界秩序を形成するうえで日本が次なる世界秩序への視界と構想を有しているでしょうか。日本が置かれている状況を的確に認識できていないことが重大な問題だと思います。
――日本は何をすべきですか。
広島サミットの議長国としてやるべきことは2点あると思いますが、どこまでやれるか注目もしています。
岸田文雄首相は3月、ウクライナを電撃訪問し、ゼレンスキー大統領と会談しました。日本国内では、表面的には「評価」され、内閣支持率も上がりました。しかし、日本が真にアジアを代表するG7参加国であるなら、しかも議長国の立場にあるなら、本当にすべきことは何だったか。私はウクライナに入ったその足でロシアに行くべきだったと思います。
ウクライナ戦争は大きな悲劇をもたらしており、終わらせなければいけません。岸田首相はウクライナを訪問する直前に、インドを訪問してモディ首相と会っています。インドはロシアとも微妙ながら友好関係を保っている国です。
岸田首相はまず、停戦・和平の条件についてモディ首相と考えをすり合わせ、インドと日本の共同提案としてまとめるような行動に出るべきだった。それをゼレンスキー大統領とロシアのプーチン大統領に示して両国の本音を確認し、広島サミットに持ち込む。それができるチャンスだったはずです。
――インドを巻き込み、議長国の立場を利用すれば、停戦の足がかりを作れたと。
日本にそんなことができるのか、と言う人はいるでしょう。でも安倍晋三元首相はプーチン大統領と27回も会談しています。岸田首相は安倍政権下で外相を務めており、ロシアとのつながりも責任もあるはずです。
そもそも日本は北方領土問題を抱えており、領土交渉を進めたいという思惑もあって、ロシアが14年にウクライナのクリミア半島を併合して以降も関係を維持してきました。国際社会では「プーチンを増長させた一因は日本にある」という論があるほどです。
そういう状況を踏まえるならば、日本は単に「G7で結束してウクライナを支援する」などの定番の言葉で取り繕うのではなく、必死にウクライナ戦争の停戦に向けた道筋を探るべき立場にあるのではないかと思っています。
――ロシアについては、「単に締め上げるだけではダメだ」とも指摘していますが。
クリミア併合以降のロシアに対する日本の姿勢については深く省察しなければなりません。ただ、現実問題として、ウクライナ戦争を第三次世界大戦にするような愚かな方向に向かわせてはいけません。
今回の戦争については、「スラブ民族間の領土争いであり、世界が巻き込まれてはいけない」という意見もあります。一方で、「国連憲章に違反して、主権国家であるウクライナに軍事侵攻をしたロシアを許せない」という意見もあります。単純にロシアを締め上げるということで、果たして良いのでしょうか。
ロシアは日本の隣国です。その隣国が他国を脅すようなことはせず、国際社会の中で責任ある立場にあると自覚し、国際社会の健全な参画者となるように働きかけ続けていくことが、日本が果たしうる重要な役割だと考えます。北大西洋条約機構(NATO)など欧米の軍事同盟と同じ視点に立ち、ロシアを孤立させ、核の使用を誘発することは賢明だとは思いません。
グローバルサウスと脱二極化への連携を
――日本が議長国として行うべき2点目のポイントは何ですか。
広島は、言うまでもなく被爆地です。今回、その地でサミットが行われる意義をよく考えることが重要です。その一つとして、核兵器禁止条約への日本の参画の可能性について、真剣に議論をすべき時です。日本は「米国の核の傘で守られているから条約に参加できない」としていますが、そこから一歩踏み込んで、条約への部分的な参画を模索すべきです。
例えば、条約第6条には核兵器の被害地への援助が記載されています。現実的に核の被害地は広島や長崎だけでなく、原発事故の起きたウクライナのチェルノブイリや福島、そしてかつて核の実験場となった南太平洋地域など世界中にあります。核なき世界を語るなら、そういった被害地の復興への支援などに日本も踏み込むべきです。今回の広島サミットが歴史に残るとしたら、そこがカギになると思います。
――広島サミットではグローバルサウスとの関係強化も協議される見通しです。グローバルサウスに対し、日本はどう向き合うべきでしょうか。
グローバルサウスとは、アフリカや中南米、アジア、中東など南半球を中心とした途上国や新興国を指します。その中でインドはその「盟主」を自任しています。彼らが発信している重要なメッセージは「脱二極化」です。
世界について語る時、「西側諸国対ロシア・中国」、「民主主義陣営対権威主義陣営」などの対立構図を作り、世界を二分して見ようとする傾向が強まっています。これに対しグローバルサウスは、ロシアが正しいと言っているわけではなく、「世界を二つの極に分断するな」と訴えています。
日本にとっても、世界が分断されることは国益にかないません。なぜなら、日本は資源のない通商国家であり、世界が平和であって、各国が協調する体制にあることこそが国益につながるからです。脱二極化を訴えるグローバルサウスとの連携は、理想主義ではなく、現実的、戦略的に賢い政策シナリオなのです。
――G7の一翼だと誇る前にやるべきことがあると。
グローバルサウスは実際には、かつての「非同盟諸国会議」のような組織で結束しているわけではなく、第三極を形成するほどの力を持っているわけでもありません。インドをはじめ、それぞれの国が国内外にさまざまな問題を抱えており、必ずしも安定してはいません。だからこそ、アジアの、技術を持った民主国家としての日本は、グローバルサウスの意向をしっかりとくみ、彼らをも巻き込んで、世界にメッセージを発信し、連携を強めるよう働きかけていくことが必要なのです。
■人物略歴
寺島実郎(てらしま・じつろう)氏
1947年北海道生まれ。早稲田大大学院政治学研究科修士課程修了、三井物産入社。米国三井物産ワシントン事務所長などを経て、日本総合研究所会長、多摩大学長などを務める。近著に「ダビデの星を見つめて」など著書多数。
私は関口宏のサンデーモーニングに月に1~2回出演して解説する寺島実郎さんの話が特に好きだ。
なんでも安倍政権下でこの番組が偏向しているとかいないとか国会で騒いでいたけど、岸田首相も『世界一受けたい授業』に出演して、安倍元首相の大阪の吉本新喜劇の舞台出演にも似たような人気取り(=選挙運動)なんて止めて、各局の報道番組に出演して今の世界を説明するような時間を持てばと思いますね。
しかし、首相がそのような真面目な番組で出るたびにメインキャスターが左遷されたようなこともいくつか見てきたけど・・・。せめて岸田首相のブレーンくらいは、このコラムに目を通したでしょうね!?