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時代の風  /  虚構の共有 「集団的認知症」にご用心=藻谷浩介・日本総合研究所主席研究員 / 毎日新聞

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=三浦研吾撮影

時代の風 / 虚構の共有 「集団的認知症」にご用心=藻谷浩介・日本総合研究所主席研究員
毎日新聞 2022/11/27 東京朝刊

 サッカーのワールドカップで、日本の若者たちが、先入観を粉々にする活躍を見せている。そんな折に、後ろ向きかつ私的な話で恐縮だが、90歳を超えた老父に「モノ盗(と)られ症状」が出始めた。見当たらなくなったものを、「盗まれた」と言い張る。後で出てくると、「盗まれた」と思った記憶自体が消えるようで、反省もなくまた別のものを、「盗まれた」と言い出す。

 これは、認知症の典型的な初期症状らしい。年を取れば誰でも発症する可能性がある。努力してでも避けるべきは、年齢に関係なくかかってしまう「集団的認知症」の方ではないか。

 「集団的認知症」とは、筆者が勝手に名付けたのだが、何かの先入観を共有した集団が、説得や反証を受け付けなくなる現象だ。

 ヘブライ大学のユヴァル・ハラリ教授は、著書「サピエンス全史」の冒頭で、これを「虚構の共有」と呼んだ。神、金銭、権威など、人の想像力が生んだ観念を、仲間同士で信じ込める能力こそが、人類の協働を可能にし、天敵に打ち勝たせた決め手だった、というのである。だがこのベストセラーの読者のどれほどが、自覚したのだろうか。自分自身も日々、世にある先入観を信じ込んでいる一人だということを。

 虚構を共有する集団といえば、旧統一教会のようなカルト教団や、北朝鮮のようなカルト的な国家を思いつく。だが実は、普通に暮らす我々も、虚構に踊らされる危険と、常に隣りあわせだ。というのも人間には、「複数の他人が同じことを言っている場合には、それを事実として信じる」習性がある。振り込め詐欺がなくならないのは、チームが役割を分けて口裏を合わせることで、被害者の脳内の「信じるスイッチ」が入ってしまうからだ。

 前世紀に登場したラジオは、民族や階級といった観念を国民に共有させる効果が高く、2度の大戦や多くの暴力革命の連鎖を生んだ。インターネット時代に普及したネット交流サービス(SNS)や映像加工技術は、無数のニセ情報、ニセ映像を信じ共有する人々を増やしている。プーチン、トランプ、中国共産党……。巧みな情報操作で世論を誘導する者も急増した。

 だが、虚構を信じるのは、SNSを使う庶民だけではない。大企業や官公庁などの日本型終身雇用組織にもそれぞれ、多年にわたり共有された先入観がある。

 典型例が、経済産業省などに根付く、原子力信仰ではないか。あれだけ悲惨な福島原発事故を起こしても、誰一人刑事責任に問われないこの国で、老朽原発のなし崩しの延命を進める無責任を、彼らは自覚できないようだ。夢物語の新型炉開発に時間をかけるくらいなら、太陽光発電の余剰電力を蓄電するなり、再生可能エネルギーの平準化利用に技術開発努力を集中する方が、はるかに現実的だ。

 青森県の大間原発の建設も、普通の国ならとうに考え直す話ではないか。公海の津軽海峡を自由に通過する外国船から、簡単にゲリラ攻撃できる場所なのだ。日本政府内では、リスクを勇ましくも軽んずる先入観が、戦前と大して変わらずに共有されているのかもしれない。

 国土交通省も、「一般道は揮発油税で維持整備するが、鉄道の路盤維持には国費を入れない」という日本独特のやり方を、相変わらず墨守したいようだ。一般道路はすべて収入ゼロ円の大赤字であることに気付かぬまま、「ローカル鉄道は赤字なら廃止もやむなし」という態度を取るようでは、二酸化炭素(CO2)削減の国際公約との矛盾も甚だしい。「揮発油税は道路局だけのもの」という縦割りの先入観が多年共有され、交通全体を維持整備するという役割意識が、省内で未発達なのではないか。この際「鉄道も路盤は道路の一種」と捉え直したらどうか。

 という文章を、移動中の列車で推敲(すいこう)していると、1列間違って座っていて、他人様に迷惑をかけてしまった。90歳になるまでは認知能力を保っていた父を、これではとうてい笑えない。

 サムライブルーが世界の先入観を打ち砕くように、虚構は現実には勝てない。「自分の脳は、共有された虚構を信じ込む仕組みになっている」と認識し、常に事実と条理の世界に戻る訓練だけは重ねていきたい。=毎週日曜日に掲載

 ちょっと難しいけど、なかなか含蓄のあることが書かれている。

 ごく一般の認知症のこと。何かの先入観を共有した「集団的認知症」こと。「複数の他人が同じことを言っている場合にはそれを事実として信じる」習性。前世紀に登場したラジオは2度の大戦や多くの暴力革命の連鎖を生んだ。新型炉開発に青森県の大間原発の建設こと。

 などなど、氾濫する情報の中から取捨選択していく能力って現代の大人たちでも踊らされているのに、今から成長していく子供たちはどんな荒海に投げ出されて溺れてしまうのか。ん?取り越し苦労?そうかも知れないね。自分の心配だけしておこう!(笑)

自由律俳句でこんな句を作ったこともあったっけ。
          「マスコミの詩に舞い踊り、カナリア」

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