内田裕也政見放送「完全版」
あらまし 1991年3月16日、二日後に告示を控えていた東京都知事選に立候補するため、内田裕也は都選管事務局に赴き、事前審査の手続きを行った。 「行動派として尊敬していたアントニオ猪木氏が突然、知事選出馬を取りやめたことがきっかけ」だった。 選挙ポスターは、赤坂プリンスホテルの結婚式場で急遽撮影。一枚づつ直筆のサインを入れた。このポスターは選挙終了後、ファンの手で自主的に回収されてしまった。 政見放送では、冒頭でジョン・レノンの『パワー・トゥー・ザ・ピープル』を歌い、自らの経歴を英語で語った。型破りな政見放送は東京都民の記憶に焼き付き、また録画ビデオは、マニアの手で今なおダビングを繰り返されているという。 選挙演説は、トラックをステージにしての路上ライブ。運良く居合わせた都民は、しばしロックンロールに酔いしれた。 4月7日に行われた投票の結果、内田裕也は54654票を獲得。東京ドームを満員にする数字であった。 1991年春、東京は熱かった。~ 内田裕也オフィシャルサイト から
そう言えば建築家の黒川紀章氏もクルーザーに乗ったり(下)、人前で音程の外れた ♪銀座の恋の物語 を唄ったりして都知事選に出馬していたね。やはり日本は平和そのものなんだ!下の下の写真は東京・六本木の国立新美術館のオープン日のテープカットで出くわした時の黒川氏。