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倉重篤郎のニュース最前線 ウクライナの惨劇 その深層と日本の生き方 NATO非加盟保障できなかった米外交の失態 / 毎日新聞

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ウクライナの首都キエフ近郊でロシア軍の侵攻から逃れて避難する高齢の女性ら=2022年3月8日、ロイター

毎日新聞(サンデー毎日) 2022/3/10 05:00 有料記事

田中均・元外務審議官が徹底検証 日本は「第二の冷戦」にするな

 ウクライナ侵攻はプーチンの野望をかけた周到なものであったにせよ、バイデン米大統領は侵攻を予告するばかりで戦争を防ぐための外交はおよそ不十分だった。世界危機にも至りかねないこの事態を、いかなる外交が解決しうるのか。田中均元外務審議官が見透す。

 ロシアのウクライナへの軍事侵攻が始まって約2週間。日々情勢が変化する中、問題の基本構図を以下3点にわたり考えてみたい。

 一つは、大方の専門家の予測を超えて、なぜ事態が本格的軍事侵攻に至ったのか、それを防ぐべき外交的手段はなかったのか?

 二つに、この事態を世界はどう対処、克服していくべきなのか?

 三つに、日本はどう考え、どういう役割を果たすべきなのか?

 一つの論文が目についた。リベラル派の米経済学者・ジェフリー・サックス氏が2月22日付フィナンシャル・タイムズに投稿した「米国はウクライナを救うためにNATO問題で妥協すべきだ」という記事だ。

 侵攻2日前のこの紙面で、氏は、バイデン、プーチン米露両首脳が会い、国境線に張り付くロシア軍の全面撤退を条件に米はウクライナのNATO加盟はないと保障すべきだ、と提案、この問題はそれで解決できる、とした。その理由として氏は①冷戦終結後30年のNATO東方拡大こそがロシアにとっての最大の安保上の懸念だった②特に隣国・ウクライナのNATO加盟は、例えれば米国にとってメキシコの中国との同盟国化、ないしは60年前のキューバ危機と同じインパクトをロシアに与える③そのキューバ危機も実はケネディがトルコからの米ミサイル撤去という秘密裏の妥協で乗り切った、と挙げた。

 氏は、「ロシアへの宥和(ゆうわ)策」との批判に対してはそれを否定、ロシアの懸念を払拭(ふっしょく)できるだけでなく、ウクライナの主権を確保、同国がフィンランドなどと同様に非NATOのEUメンバーへの道を選ぶだけだとし、ロシアはナポレオン、ヒトラー、NATOであれ長年西側からの侵略に民族的な恐怖感にさいなまれており、賢明で冷静な過去の米外交当局者たちの中には、例えば、ソ連封じ込め戦略を唱えたジョージ・ケナンにしても、冷戦終結後のNATO拡大に対しては「不必要で危険で挑発的だ」と議論していたという。

 ロシア側の歴史的、内在的動機にまで踏み込んだ明解な分析と説得力ある提言ではなかろうか。バイデン米国の取るべき道にならなかったことが悔やまれる。

 もちろん、だからといって今回の軍事侵攻が許されるものではない。一刻も早い停戦とロシア軍撤退を求める、という点では、当欄も国際連帯の驥尾(きび)に付す者である。前掲の一つの「なぜ」、二つの「どう」を田中均元外務審議官(日本総研国際戦略研究所理事長)と共にさらに深めたい。

政治指導者の役割は戦争を止めること

 侵攻の第一印象は?

「1968年の『プラハの春』を想起した。ソ連軍がチェコの首都プラハに進軍し、社会主義変革運動を力で制圧した。その四半世紀後にソ連邦が崩壊した。今回の事態を私は『キエフの悲劇』と呼ぶが、孤立無援のウクライナが大国ロシアに攻め込まれる姿がプラハに重なる。何かの終わりの始まりだと見えないこともない。『プーチン強権政治』を終焉(しゅうえん)にするには、米欧も日本もきちんとした戦略で対処すべきだろう」

 プーチン側の論理は?

「今思えば周到な準備があったのだろう。ソ連邦の解体を20世紀最大の悲劇としたプーチンにとって、中東欧諸国やバルト3国に続くウクライナのNATO加盟阻止は至上命題だった。2014年にはクリミアを併合、アサド・シリア政権を支援して地中海沿岸に基地を持つなどNATOへの対峙(たいじ)姿勢を鮮明にしてきた。米欧の制裁にも外貨準備積み増しや石油ガスの輸出先の多様化を図ってきた」

「彼の野望もある。独ドレスデンでベルリンの壁崩壊を目撃、2000年の大統領就任後一貫してやってきたのはロシアのトップに留(とど)まるため、支持率を上げ、政敵を抹殺することだった。チェチェン侵攻、クリミア併合といった軍事強硬手段で支持率80%台を謳歌(おうか)、ロシア国民の大国主義的願望に応えてきた。憲法改正で大統領任期を延ばし、24年の選挙に勝てば2期12年、36年まで大統領に留まれるところまでこぎつけた」

「ただ異変が生じた。コロナが収束しない。年金改革も油価低迷で十分な財政がない。支持率が50%台に下がり、批判も出てきた。局面打開にマッチョ政治を再現、24年の選挙を勝ち抜こうと。また、これを機に積年の不満だったNATO拡大に脅かされる事態も終わらせようとした。独にメルケルはなく、バイデンは対中国と内政で動けない。国際政治力学からも好機と判断したのではないか」

「だが、彼にも誤算があった。ウクライナ側が粘り、短期決着できなかった。欧米が一枚岩で分断を図れなかった。ドイツが国際的な資金決済ネットワーク・スイフト(SWIFT)でのロシア排除に踏み込んだ。戦闘が長引き世界に反露感情が高まる。ジョージアでもNATO加盟論が起きるかもしれない。ウクライナだって100%抑え込めるかというとそうではない」

 西側も防げなかった?

「14年のクリミア併合時からウクライナのNATO加盟問題はあったが、15年にはメルケル独首相(当時)が汗をかいてミンスク合意を実現、ウクライナによる国境管理、ウクライナからの外国部隊撤退、親ロシア派への自治権付与などを明記、双方のメンツを立てる形を作り上げた。ドイツならではの外交、知恵だった。今回は誰もそれをする人がいなかった。ドイツ新政権はメルケルの代わりにはならず、マクロン仏大統領も力がなかった。世界が軸を失って混乱している時に、ロシアが暴挙を犯した」

 どこよりも米国の失態?

「そう思う。バイデンは11月の中間選挙しか頭にないし、米世論は戦争や介入を望んでいなかった。だとすれば軍事侵攻を止めることが最大の責務だったはずだし、やりようはあった。スウェーデン、フィンランドといった本来西側の国がNATOに加盟しないのは、ロシアを敵に回したくないという理由があったからだ。ロシアはベラルーシ、ジョージア、ウクライナを生命線と考えており、そういう状況を組み込んだ合意は不可能でなかったはずだ。バイデンはオバマ政権の副大統領時代プーチンと核軍縮交渉までやっている」

 なのに動かなかった。

「建前論ではねつけた。主権国家にそんな保障はできないと。残念なことだった。建前論を言いながらも実態は担保する方法はいろいろあるからだ。外交というのは相手側の思惑、立場も考えて、双方にとって妥協できる知恵を絞り出すことだが、バイデン政権下では、米の外交力が見えなくなっている。対北朝鮮、対中国でも、『自由で開かれたインド太平洋』を連呼、軍事抑止力を強化するだけだ」

「今回も『露は侵攻する』とインテリジェンスばかり流す。外相会談が設定されていたのに侵攻したからキャンセルという。国際政治の指導者は、相手がどんな人物であれ、その愚行を止めることだ。あなたの役割は、世に警鐘を与えるのではなく戦争を止めることでしょう、と言いたくなる」

中露連携は「第二の冷戦」を招く

西側は今後どうすべき?

「強い経済制裁は必要だが、それだけでは問題は解決しない。欧米が先頭に立ち外交を稼働させることだ。いかにうまく停戦をし、ロシアがメンツを失わない形で撤兵していくか、という状況を作ることだ。ウクライナをNATOに加盟させない保障、ロシアとの間での信頼醸成措置が鍵になるだろう。NATO拡大策の懸念に配意、NATOとロシアとの間できちんとした安全保障上の枠組みを作ってしかるべきだと思う。過去それをやってきた。G8にロシアを入れてしまうというのもそういう戦略だった」

「もう一つ重要なのは、世界は今、歴史の分水嶺(ぶんすいれい)にある、という認識だ。米国は国際社会からロシアを徹底的に排除するだろう。中国と対峙しロシアとは安定的関係を維持する考えだったが、今後は中露両国に対峙せざるを得ない。一方でロシアは中国に寄らざるを得ない。強大な核戦力と豊富な原油・ガス資源を持つロシアと、同じく核保有国で14億人の巨大市場を抱える中国が結びつき、西側諸国が軍事的、政治的、経済的に分断されていくと、『第二の冷戦』という事態を招いてしまう。これは核兵器国同士の軍事対立だった『第一の冷戦』よりも深刻なものとなる可能性がある」

その中国はどう出る?

「他国の主権侵害であるロシアの行為を支持することは考えにくいし、ロシアとは比較にならないほど国際経済社会と濃密な相互依存関係を築いているだけに、ロシアと共に孤立化する道は選ばないだろう。一方で、ロシアからの石油天然ガスの輸入増加は歓迎しロシアとの軍事技術・ハイテク技術交流を増やすなど経済的依存関係は拡大するのだろう。米中対立が激化すればロシアとの戦略関係を強化、つまり、中国はロシアを有用なカードとして温存していくのではないか」

「米国が中国とどう向き合うかも関係する。中国もロシアと同じだと突っぱねれば、中露は一体化し、きな臭い存在になっていく。『第二の冷戦』への道だ。ただ、これを機に米国の対中姿勢も変わってくるのではないか。ロシアと中国の二正面作戦は無理だ。中国とは2国間経済ではプラスもあるし、気候変動などグローバル課題でも必要だし、ロシア対応でも中国を中立化したい。米国が中国を今まで以上に追い込んでいくことは控えようとするのではないか。それは正しい政策だと思う。そこを日本は見極めなければならない」

日本はどう対応すべき?

「日本は日米安保条約の下で米国との協力を強化すると共に、G7という枠組みを再活性化させ、民主主義諸国の結束を固めるべきだ。欧州にとってはロシアは切れず、日本にとっても中国は疎外できない。両国共に切り捨てることが可能な米国とは土俵を変えた協議も可能になる。ロシアに対しては、クリミア併合時のように北方領土問題ゆえの生ぬるい態度を取るべきではない。欧米と協議し、厳しい姿勢で臨むべきだ」

是々非々の多角的戦略で外交せよ

その領土どうなる?

「解決は一層遠のいたのは否めない。そもそもロシアは14年クリミア併合時から北方領土をオホーツク海から太平洋に抜ける戦略的要衝の地と見ており、(安倍晋三政権時代)首脳会談を30回近く行い、平和条約交渉があたかも進んだかのような雰囲気を醸成し、経済協力までしたのは、今思えば理解しがたい。米露が厳しく対峙する時は難しいという戦略観が必要だった」

 対中関係どうする?

「是々非々の多角的戦略が求められる。米国主導のディカップリング(経済分断)路線のままでは、日本経済に深刻な影響をもたらす。『第二の冷戦』と言われるような中露関係に追い込むことは日本の国益ではない。香港、台湾問題などの戦略的課題に対しては厳しい対応を取っても、経済関係や気候変動、北朝鮮問題などグローバルな課題では協力していくことが肝要だ。『インド太平洋』という中国包囲網だけではなく、『アジア太平洋』という中国も含めた外交戦略も重視、例えばTPP(環太平洋パートナーシップ協定)への中国加入問題にも柔軟に対応していくべきだと思う」

安倍氏から核シェアリング(共有)論が出ている。

「日本自身も核について発言権を持つべきだという議論だが、私は与(くみ)しない。日本ほど核アレルギーの強い国で、シェアリングという体制になれば、むしろ核の抑止力が低下するとの見方もある。国論が分断され、米国が広島、長崎に原爆投下したような決断に至らないと。シェアリングの議論の根底には米国の核の傘への不信感もある。だとすればそもそも日米安保が成り立たなくなる」

三つの「?」への答えは頂いた。では、ウクライナもロシアも乗ってくる停戦合意案はあるのか。これについては東郷和彦・元外務省欧亜局長のネット番組(鳩山由紀夫元首相との対談)での発言を紹介したい。

 東郷氏はロシア問題の専門家だ。「停戦合意は極めて困難だが、可能性はある。ゼレンスキー(ウクライナ大統領)にとっては国を救った英雄になれるし、プーチンにとっても兄弟国の市民を殺戮(さつりく)しているとの批判から逃れられる」として、「両国がウクライナ中立条約を締結。それをNATOと米国が保障する」案を提起、その合意ができればすぐ戦争は終わるだろう、と述べた。氏によると、これは日本外交が江戸時代からの長年の対露交渉で培った知見であり、日本が率先して提言すべきで、もし米国の鸚鵡(おうむ)返しのようなことしか言わないのであれば、日露関係は最悪の事態になるだろう、と予言した。

 検討してみては如何(いかが)か。

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たなか・ひとし
 1947年生まれ。元外務審議官。日本総研国際戦略研究所理事長。著書に『プロフェッショナルの交渉力』、『日本外交の挑戦』などがある

くらしげ・あつろう
 1953年、東京都生まれ。78年東京大教育学部卒、毎日新聞入社、水戸、青森支局、整理、政治、経済部を経て、2004年政治部長、11年論説委員長、13年専門編集委員

いやー、とても興味深い。今はじめて読み終わったところなので何も書けないが、従来からテレビで観る田中均氏の発言には、特に耳を傾けている。小泉政権時代に北朝鮮拉致被害者の交渉を長い年月をかけて秘密裡にしてきた人だ。

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