毎日新聞 2020年8月30日 東京朝刊
日本を代表する軽自動車メーカー「ダイハツ工業」。国内新車販売台数では常に上位に入る「タント」など、生活に身近な小型車を生み出し続けている。
会社の起源は1907年。輸入に頼っていたエンジンを国産化しようと、大阪高等工業学校(現・大阪大工学部)の学者らが大阪市に立ち上げた会社がルーツだ。「大阪の発動機(エンジン)製造会社」からとった「大」と「発」の略称が現在の社名の由来になった。
設計図もない中、大阪駅近くの工場で輸入品の実物を参考に国産エンジンの開発につなげた。当初は主に船舶向けや農業用のディーゼルエンジンを手がけていたが、30年に「ダイハツ号」と名付けた小型三輪自動車を独自開発。エンジンメーカーから自動車メーカーに生まれ変わる転機となった。
戦後、創立50周年の57年には軽三輪トラック「ミゼット」を発売し、商店主らを中心に10万台を超える大ヒットを記録。人気コメディアンの大村崑さんらが登場するテレビCMが話題を呼び、お茶の間に浸透した。65年から本社を置く大阪府池田市では、「所在地の地名がダイハツ町」に変更されるなど、地域住民との結びつきも深めていった。
一方で、60年代以降は海外メーカーとの競争にさらされ、67年にトヨタ自動車との業務提携に踏み切り、2016年には完全子会社となった。世界市場も見据え、担当者は「これからも燃費や安全性能を追求し、『小さい車のエキスパート企業』として歩んでいく」と決意を語る。【杉山雄飛】
いやー楽しいね~。9月の初めにpoohさんのブログ旅に出ようよ! Family×Familyで「昭和レトロな玉川温泉(埼玉県)」と題して昔懐かしい軽三輪トラック「ミゼット」を見たところだった!若い人はご存知ないでしょうね。小父さんは勤めていた会社の女子社員がダイハツ タントにも乗っていたので知っているし、行ったことはないのだがダイハツが会社の重要なお客さんであることも聞いていた。ん?ダイハツってどこかの外来語?くらいに想像していたら『大阪の発動機』の略称だったとは!
まだ我が家にもテレビが無かった頃、この花登筺作の『番頭はんと丁稚どん』終わりに大村崑さんが「ミゼット、ミゼット」と宣伝していたので小父さんも強く記憶していたが、それで10万台を超える大ヒットを記録したなんて知らなかったな~。
日本を代表する軽自動車メーカー「ダイハツ工業」。国内新車販売台数では常に上位に入る「タント」など、生活に身近な小型車を生み出し続けている。
会社の起源は1907年。輸入に頼っていたエンジンを国産化しようと、大阪高等工業学校(現・大阪大工学部)の学者らが大阪市に立ち上げた会社がルーツだ。「大阪の発動機(エンジン)製造会社」からとった「大」と「発」の略称が現在の社名の由来になった。
設計図もない中、大阪駅近くの工場で輸入品の実物を参考に国産エンジンの開発につなげた。当初は主に船舶向けや農業用のディーゼルエンジンを手がけていたが、30年に「ダイハツ号」と名付けた小型三輪自動車を独自開発。エンジンメーカーから自動車メーカーに生まれ変わる転機となった。
戦後、創立50周年の57年には軽三輪トラック「ミゼット」を発売し、商店主らを中心に10万台を超える大ヒットを記録。人気コメディアンの大村崑さんらが登場するテレビCMが話題を呼び、お茶の間に浸透した。65年から本社を置く大阪府池田市では、「所在地の地名がダイハツ町」に変更されるなど、地域住民との結びつきも深めていった。
一方で、60年代以降は海外メーカーとの競争にさらされ、67年にトヨタ自動車との業務提携に踏み切り、2016年には完全子会社となった。世界市場も見据え、担当者は「これからも燃費や安全性能を追求し、『小さい車のエキスパート企業』として歩んでいく」と決意を語る。【杉山雄飛】
いやー楽しいね~。9月の初めにpoohさんのブログ旅に出ようよ! Family×Familyで「昭和レトロな玉川温泉(埼玉県)」と題して昔懐かしい軽三輪トラック「ミゼット」を見たところだった!若い人はご存知ないでしょうね。小父さんは勤めていた会社の女子社員がダイハツ タントにも乗っていたので知っているし、行ったことはないのだがダイハツが会社の重要なお客さんであることも聞いていた。ん?ダイハツってどこかの外来語?くらいに想像していたら『大阪の発動機』の略称だったとは!
まだ我が家にもテレビが無かった頃、この花登筺作の『番頭はんと丁稚どん』終わりに大村崑さんが「ミゼット、ミゼット」と宣伝していたので小父さんも強く記憶していたが、それで10万台を超える大ヒットを記録したなんて知らなかったな~。