時代の風:ワーク・ライフ・バランス制度=元世界銀行副総裁・西水美恵子
毎日新聞 2014年05月11日 東京朝刊
◇優れた人材、維持する礎
欧米の大手新聞雑誌が、日本の女性問題を、頻繁に取り上げるようになった。そのせいか、海外のどのような会合に顔を出しても、話題に上る。「私の国が抱えるのは男性問題、女性問題ではありません!」と、笑い飛ばしている。
しかし笑い事ではない。海外メディアが伝える日本の男性像は、ひどい。仕事中毒、父親失格、家庭を顧みぬ夫……。欧米文化圏の価値観では最低だ。
個人の価値観は、社会経済の構造変化に適応するよう変わるのが常。とはいえ、新しい価値観を社会の主流にするのは、世代交代であろう。それに人口の高齢化がブレーキをかけるのか、欧米諸国に比べると、わが国の価値観の変化はまるで氷河の動きのようだ。
ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)問題に、その氷河の流れを見る。企業が取り上げ始めてはいるものの、おおかた女性が抱える「仕事と家庭の両立」問題としての認識にとどまる。これでは、妻を「家内」と呼ぶ古い価値観そのままだ。
若い世代の価値観は、仕事と生活の調和を家族全員の課題として捉えている。家の外での仕事も、家事も、有給無給の違いはあってもどちらも立派な仕事だ。仕事と生活の調和は、性別や共働きか否かは無関係。夫婦はもちろん、親子そろってかなえたい課題だろう。
失礼は覚悟のうえだが、団塊の世代、特に男性には、違和感を与える価値観であろう。ワーク・ライフ・バランスは、この価値観の相違が生む世代問題なのだ。
女性が働きやすい職場は、若い世代の男性にも魅力がある。世代問題を女性問題に取り違える企業は、厳しさを増す人材確保競争に負けるのが落ち、と言っても言い過ぎではない。
例えば、はなはだしい不足が社会問題になって久しい保育所。社員用に開設する企業が増えてもいいはずなのに、その傾向が見えない。数年来、ここならと思う会社の経営陣に問い続けているが、答えは異口同音「女性社員がまだ少ないから」。保育所は産後に復帰する女性社員のためと、誤解しているのだ。安心して幼児を預けることができる保育所は、夫婦双方の希望。幼い子を持つ社員なら、男女を問わず、職場の保育所を歓迎するはずだ。
事実、ふた昔ほど前、米国首都ワシントンにある世界銀行本部に保育所を開いた時、過半数の利用者が男性職員なのに驚いた。大幅な需要超過にうれしい悲鳴を上げながら、世代問題としての認識が、まだまだ不十分だったと恥じた。
映画『クレイマー、クレイマー』から
忘れられない思い出が一つある。組合と共に保育所開設に関わった私のところに、将来を有望視されていた若手管理職が、夫人と乳飲み子を連れて来た。子供ができたら託児施設が整う母国に帰るつもりだったそう。おかげで好きな仕事を続けていけると、礼を言う。あふれる涙を隠せない彼が突然直立不動、まるで叫ぶように言った。「正直、世銀にほれ直しました!」
保育所は、組織が社員と家族を大切にする動かぬ証しなのだと、知った。たった一つの小さな保育所が、優れた人材を維持する大きな組織力を恵んでくれた。
保育所の大成功をきっかけに、世銀はワーク・ライフ・バランス制度の充実に力を入れた。在宅勤務制や、性別問わずの育児休業制、複数職員が短時間・時差出勤で雇用を共有する制度など、次々に導入。定着を促進すればするほど、組織力への影響が増大した。
ワーク・ライフ・バランスの価値を特に思い知らされたのは、世界中から若手専門職を採用するヤング・プロフェッショナル・プログラムでのこと。幹部候補生採用制度とも呼ばれる狭き門だが、国際金融業界の高給に太刀打ちできず一時期競争力を失った。ところが、ワーク・ライフ・バランス制度採用を公表した翌年、給与体系は変わらないのに競争力がV字回復。制度の充実を筆頭理由に、喉から手が出るほど欲しい逸材が、我も我もと入行した。
若い世代の価値観は、未来を映す鏡であろう。世銀の体験は、人の仕事と生活の調和をおろそかにする組織に未来はないと、教えた。
武神、武田信玄の戦術・戦略集「甲陽軍鑑」に、信玄の「勝利の礎」が残る。「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇(あだ)は敵なり」。ワーク・ライフ・バランスにも通底する勝利の礎だと、信じて疑わない。=毎週日曜日に掲載
>失礼は覚悟のうえだが、団塊の世代、特に男性には、違和感を与える価値観であろう。
もう終わってしまった私には、失礼なんては思わないけど、「男は外で働き、女は家で子育てして家事にいそしむ」なんてイメージは化石になりつつあるのかな〜、などと時代の移り変り目をこのコラムからも感じる。
安倍政権も強く打ち出そうとしている、女性の登用というのは時代の要請なのかな〜。確かに女性の活躍の場が広がれば労働人口の不足という難問も少しは解決するだろう。
でも、日本には韓国の朴 槿惠(パク・クネ)大統領や、タイのインラック前首相のような人はいらないけど(笑)、ドイツのメルケル首相や国際通貨基金のラガルド専務理事みたいな人は出てきて欲しいね。きっと国のカラーくらいは変わると思う。安倍さん、後継者には奥さん以外の女性を指名しましょう!
毎日新聞 2014年05月11日 東京朝刊
◇優れた人材、維持する礎
欧米の大手新聞雑誌が、日本の女性問題を、頻繁に取り上げるようになった。そのせいか、海外のどのような会合に顔を出しても、話題に上る。「私の国が抱えるのは男性問題、女性問題ではありません!」と、笑い飛ばしている。
しかし笑い事ではない。海外メディアが伝える日本の男性像は、ひどい。仕事中毒、父親失格、家庭を顧みぬ夫……。欧米文化圏の価値観では最低だ。
個人の価値観は、社会経済の構造変化に適応するよう変わるのが常。とはいえ、新しい価値観を社会の主流にするのは、世代交代であろう。それに人口の高齢化がブレーキをかけるのか、欧米諸国に比べると、わが国の価値観の変化はまるで氷河の動きのようだ。
ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)問題に、その氷河の流れを見る。企業が取り上げ始めてはいるものの、おおかた女性が抱える「仕事と家庭の両立」問題としての認識にとどまる。これでは、妻を「家内」と呼ぶ古い価値観そのままだ。
若い世代の価値観は、仕事と生活の調和を家族全員の課題として捉えている。家の外での仕事も、家事も、有給無給の違いはあってもどちらも立派な仕事だ。仕事と生活の調和は、性別や共働きか否かは無関係。夫婦はもちろん、親子そろってかなえたい課題だろう。
失礼は覚悟のうえだが、団塊の世代、特に男性には、違和感を与える価値観であろう。ワーク・ライフ・バランスは、この価値観の相違が生む世代問題なのだ。
女性が働きやすい職場は、若い世代の男性にも魅力がある。世代問題を女性問題に取り違える企業は、厳しさを増す人材確保競争に負けるのが落ち、と言っても言い過ぎではない。
例えば、はなはだしい不足が社会問題になって久しい保育所。社員用に開設する企業が増えてもいいはずなのに、その傾向が見えない。数年来、ここならと思う会社の経営陣に問い続けているが、答えは異口同音「女性社員がまだ少ないから」。保育所は産後に復帰する女性社員のためと、誤解しているのだ。安心して幼児を預けることができる保育所は、夫婦双方の希望。幼い子を持つ社員なら、男女を問わず、職場の保育所を歓迎するはずだ。
事実、ふた昔ほど前、米国首都ワシントンにある世界銀行本部に保育所を開いた時、過半数の利用者が男性職員なのに驚いた。大幅な需要超過にうれしい悲鳴を上げながら、世代問題としての認識が、まだまだ不十分だったと恥じた。
映画『クレイマー、クレイマー』から
忘れられない思い出が一つある。組合と共に保育所開設に関わった私のところに、将来を有望視されていた若手管理職が、夫人と乳飲み子を連れて来た。子供ができたら託児施設が整う母国に帰るつもりだったそう。おかげで好きな仕事を続けていけると、礼を言う。あふれる涙を隠せない彼が突然直立不動、まるで叫ぶように言った。「正直、世銀にほれ直しました!」
保育所は、組織が社員と家族を大切にする動かぬ証しなのだと、知った。たった一つの小さな保育所が、優れた人材を維持する大きな組織力を恵んでくれた。
保育所の大成功をきっかけに、世銀はワーク・ライフ・バランス制度の充実に力を入れた。在宅勤務制や、性別問わずの育児休業制、複数職員が短時間・時差出勤で雇用を共有する制度など、次々に導入。定着を促進すればするほど、組織力への影響が増大した。
ワーク・ライフ・バランスの価値を特に思い知らされたのは、世界中から若手専門職を採用するヤング・プロフェッショナル・プログラムでのこと。幹部候補生採用制度とも呼ばれる狭き門だが、国際金融業界の高給に太刀打ちできず一時期競争力を失った。ところが、ワーク・ライフ・バランス制度採用を公表した翌年、給与体系は変わらないのに競争力がV字回復。制度の充実を筆頭理由に、喉から手が出るほど欲しい逸材が、我も我もと入行した。
若い世代の価値観は、未来を映す鏡であろう。世銀の体験は、人の仕事と生活の調和をおろそかにする組織に未来はないと、教えた。
武神、武田信玄の戦術・戦略集「甲陽軍鑑」に、信玄の「勝利の礎」が残る。「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇(あだ)は敵なり」。ワーク・ライフ・バランスにも通底する勝利の礎だと、信じて疑わない。=毎週日曜日に掲載
>失礼は覚悟のうえだが、団塊の世代、特に男性には、違和感を与える価値観であろう。
もう終わってしまった私には、失礼なんては思わないけど、「男は外で働き、女は家で子育てして家事にいそしむ」なんてイメージは化石になりつつあるのかな〜、などと時代の移り変り目をこのコラムからも感じる。
安倍政権も強く打ち出そうとしている、女性の登用というのは時代の要請なのかな〜。確かに女性の活躍の場が広がれば労働人口の不足という難問も少しは解決するだろう。
でも、日本には韓国の朴 槿惠(パク・クネ)大統領や、タイのインラック前首相のような人はいらないけど(笑)、ドイツのメルケル首相や国際通貨基金のラガルド専務理事みたいな人は出てきて欲しいね。きっと国のカラーくらいは変わると思う。安倍さん、後継者には奥さん以外の女性を指名しましょう!