毎日新聞 2023/10/30 東京朝刊 有料記事
「この秋以降、私は非常に忙しくなる」――。
まだまだ日照りの7月29日、高橋和夫・放送大学名誉教授(72)は「ウクライナ危機と中東情勢」と題する放送大学オンライン講演会の結びで、さりげなく予言し、的中させた。
いま高橋はテレビ・ラジオ、新聞、SNSに引っ張りだこである。イスラム組織ハマスとイスラエルの戦争の解説者として。自ら予言した多忙の渦中にいる高橋に会ってみた。
◇
「あの時は、イランの核問題で忙しくなると思ったんです。イスラエルの出方によっては――という意味であり、ハマスの奇襲を予測したわけじゃない。式は間違っていたけど、答えは同じでした(笑い)」
6月、イランが核爆弾2個分の濃縮ウラン獲得へ接近中――というニュースが流れた。IAEA(国際原子力機関)報告書の分析に基づく推定だった。
◇
イランは核保有国ではないが、核兵器をつくる能力と意思がある。高橋によれば、イランは、核保有国と非保有国の敷居に立つ<敷居国家>である。
周辺国の核開発に敏感なイスラエルはイラク、シリアの核施設を空爆で破壊した過去がある。ネタニヤフ首相が辛抱せず、イランの核施設を攻撃すれば中東は大混乱――。これが高橋の予言の意味だった。
ハマスの奇襲とイスラエルの空爆の遠景に、イスラエルとイランの対立が見え隠れしている事情は、当時も今も変わらない。
高橋は北九州市出身。1974年、大阪外国語大ペルシャ語学科を卒業し、米コロンビア大に留学した。在米6年。専門はイランである。王制イランへ留学が内定していたが、イラン革命勃発で断念。後年、クウェート大に留学した。
85年、公設民営の放送大の助教授に就任。2008年、教授。18年に退職したが、いま放送大学オンライン講演会で最も人気のある講師の一人である。東京・渋谷で開かれた7月29日の講演会の会場聴講者は115人。オンラインの最大同時視聴者が842人。過去最高記録だという。
過去30年、中東が火を噴くたび、マスコミに頼られた。湾岸危機の90年は携帯電話が普及しておらず、NHKから出演依頼がくれば終日、NHKにいた。
アフガニスタン戦争(01~21年)になると携帯電話が普及。民放テレビのスタジオにいながら携帯で他局の取材を受け、また別の局へ。コロナ後はリモート出演が流行し、居場所を問わず、呼び出される……。
◇
G7(主要7カ国)のうち、日本以外の6カ国首脳が22日、イスラエルの自衛権を支持する共同声明を出した。なぜ参加しなかったと記者会見で聞かれた官房長官が答えた。「6カ国は犠牲者が発生しているとされる国々」だから(23日)。
共同声明にあえて加わらぬ高度の政治判断だったはずだが、その機微が伝わらない。自国の利害がすべてと受け取れる言い方になっている。高橋は「下品」と評した。人道優先で不参加だと言うか、あえてノーコメントでよかった。
中東は世界のブラックホールである(高橋著「中東から世界が崩れる」)。日本はこの地域に植民地を持たず、第二次大戦後、民間企業やNGOを中心に平和協力の実績を積んだ。
その信用で世界の崩壊を食い止めるべきだが、「外交の岸田」政権の発信が追いつかない。(敬称略)(特別編集委員)=毎週月曜日に掲載
目をそむけたくなるような現地報道映像が毎日テレビに出てくるね。中東戦争は1967年、私が20歳の時「第三次中東戦争」として勃発した時には雑誌も買って来てむさぼり読んだものだ。
調印後に握手をするイスラエル・ラビン首相とPLOアラファト議長。中央は仲介したビル・クリントン米大統領
上の写真のオスロ合意は、1993年にイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)の間で同意された一連の協定なんてのもあったが、ラビン首相は、和平反対派のユダヤ人青年から暗殺され、8年後にはこの合意もなくなってしまったようだ。全く詳しくは分かっていないが、終わりのない戦争のようなこの戦いのアウトラインだけでも知っておきたいね。
「この秋以降、私は非常に忙しくなる」――。
まだまだ日照りの7月29日、高橋和夫・放送大学名誉教授(72)は「ウクライナ危機と中東情勢」と題する放送大学オンライン講演会の結びで、さりげなく予言し、的中させた。
いま高橋はテレビ・ラジオ、新聞、SNSに引っ張りだこである。イスラム組織ハマスとイスラエルの戦争の解説者として。自ら予言した多忙の渦中にいる高橋に会ってみた。
◇
「あの時は、イランの核問題で忙しくなると思ったんです。イスラエルの出方によっては――という意味であり、ハマスの奇襲を予測したわけじゃない。式は間違っていたけど、答えは同じでした(笑い)」
6月、イランが核爆弾2個分の濃縮ウラン獲得へ接近中――というニュースが流れた。IAEA(国際原子力機関)報告書の分析に基づく推定だった。
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イランは核保有国ではないが、核兵器をつくる能力と意思がある。高橋によれば、イランは、核保有国と非保有国の敷居に立つ<敷居国家>である。
周辺国の核開発に敏感なイスラエルはイラク、シリアの核施設を空爆で破壊した過去がある。ネタニヤフ首相が辛抱せず、イランの核施設を攻撃すれば中東は大混乱――。これが高橋の予言の意味だった。
ハマスの奇襲とイスラエルの空爆の遠景に、イスラエルとイランの対立が見え隠れしている事情は、当時も今も変わらない。
高橋は北九州市出身。1974年、大阪外国語大ペルシャ語学科を卒業し、米コロンビア大に留学した。在米6年。専門はイランである。王制イランへ留学が内定していたが、イラン革命勃発で断念。後年、クウェート大に留学した。
85年、公設民営の放送大の助教授に就任。2008年、教授。18年に退職したが、いま放送大学オンライン講演会で最も人気のある講師の一人である。東京・渋谷で開かれた7月29日の講演会の会場聴講者は115人。オンラインの最大同時視聴者が842人。過去最高記録だという。
過去30年、中東が火を噴くたび、マスコミに頼られた。湾岸危機の90年は携帯電話が普及しておらず、NHKから出演依頼がくれば終日、NHKにいた。
アフガニスタン戦争(01~21年)になると携帯電話が普及。民放テレビのスタジオにいながら携帯で他局の取材を受け、また別の局へ。コロナ後はリモート出演が流行し、居場所を問わず、呼び出される……。
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G7(主要7カ国)のうち、日本以外の6カ国首脳が22日、イスラエルの自衛権を支持する共同声明を出した。なぜ参加しなかったと記者会見で聞かれた官房長官が答えた。「6カ国は犠牲者が発生しているとされる国々」だから(23日)。
共同声明にあえて加わらぬ高度の政治判断だったはずだが、その機微が伝わらない。自国の利害がすべてと受け取れる言い方になっている。高橋は「下品」と評した。人道優先で不参加だと言うか、あえてノーコメントでよかった。
中東は世界のブラックホールである(高橋著「中東から世界が崩れる」)。日本はこの地域に植民地を持たず、第二次大戦後、民間企業やNGOを中心に平和協力の実績を積んだ。
その信用で世界の崩壊を食い止めるべきだが、「外交の岸田」政権の発信が追いつかない。(敬称略)(特別編集委員)=毎週月曜日に掲載
目をそむけたくなるような現地報道映像が毎日テレビに出てくるね。中東戦争は1967年、私が20歳の時「第三次中東戦争」として勃発した時には雑誌も買って来てむさぼり読んだものだ。
調印後に握手をするイスラエル・ラビン首相とPLOアラファト議長。中央は仲介したビル・クリントン米大統領
上の写真のオスロ合意は、1993年にイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)の間で同意された一連の協定なんてのもあったが、ラビン首相は、和平反対派のユダヤ人青年から暗殺され、8年後にはこの合意もなくなってしまったようだ。全く詳しくは分かっていないが、終わりのない戦争のようなこの戦いのアウトラインだけでも知っておきたいね。