インタビューに応じる尾身茂・新型コロナウイルス感染症対策分科会長=東京都千代田区で4月12日、吉田航太撮影
毎日新聞 2023/4/30 07:00 有料記事
尾身茂・新型コロナウイルス感染症対策分科会長はこの3年間、専門家グループのまとめ役として、提言作りに課題を感じていた。「私たちの不満は……」。尾身さんが考えていた「日本に足りなかったこと」とは何だったのか。
「感染症の全体像把握できず」
――この3年、尾身さんはどういう役割だったのでしょうか。
◆専門家グループは疫学やウイルス学、感染症学、公衆衛生学、倫理学など、さまざまな専門家で構成されていました。私からみても皆、信頼できる人たちでした。
しかし、私を含め誰一人として、このしたたかな感染症の全体像を正確に把握することはできませんでした。できるだけ正確に状況を分析し、合理的な対策案を政府に示すために専門家の間で率直な意見交換をしました。私はその勉強会のいわばまとめ役、司会役のような存在でした。
こうした勉強会をしないと、歴史の審判に堪えられないと思いました。毎週日曜日には、平均5時間ほど勉強会に費やしました。時には激しい口論もありました。
――提言作り、市民への説明、政治との交渉の場面では、いずれも尾身さんが中心にいました。
◆多分、私が他の専門家よりも高齢であることや、世界保健機関(WHO)でいろいろな国と調整したり、海外メディアにも対応したりしてきたことが関係あるかもしれません。
――時間をかけて提言をまとめても、政府が了承しないと出せない実情もありました。
◆確かに、そういう場面は時々ありました。我々にできることは提言することだけです。それを採用するかどうかは、政府が決めていました。
「悩みながら議論」
――2021年6月に東京オリンピックへの提言を出す前、分科会の複数のメンバーに与党の国会議員から電話がありました。
◆私にはありませんでした。政府や日本オリンピック委員会(JOC)が観客を入れての開催を希望していたことは我々も認識していました。しかし当時、オリンピック・パラリンピックを開催する、しないにかかわらず夏休みやお盆があり、しかも当時はデルタ株の出現で「このまま放置すれば医療逼迫(ひっぱく)はほぼ間違いない」と我々は判断していました。
政府やJOCの意向に異を唱えるかどうかについて、我々はかなり悩み、議論してきました。ただ、専門家はいざという時に言うべきことを言わないと、信頼を失います。
提言を出す前日、専門家の皆さんと夜遅くまで議論し、社会や政治家から歓迎されないと分かっていましたが、皆で提言書に署名することにしました。
――岸田文雄政権になり、緊急事態宣言を出さなくなりましたね。
◆(前政権の時に)緊急事態宣言が重なり、経済や社会、教育に深刻な影響が出てきて、そろそろ元に戻すべきだという考えが、多くの人に共有されるようになりました。また、致死率も徐々に低下し、ワクチンの接種率も上がってきました。そうしたことが緊急事態宣言を出さなくなった背景にあると思います。
――振り返って「こういうことができていたら」と思うことはありますか。
新型コロナで政府への提言ができるまで
◆提言をまとめるのは時間との闘いで、我々が最も強く感じた不満は、(感染者の症状や感染経路など)リスク評価に必要な情報に迅速にアクセスできなかったことです。専門家メンバーには大学教授がいるので、自分の教室の研究者や大学院生に手伝ってもらって、驚くことなかれ、スマートフォンを使ってデータを集めざるを得ない状況でした。
サポート体制や情報を集めるシステムなどがあれば、もっと良い提言がもっと早く出せたのではないでしょうか。
新型コロナで教訓生かされず
――新型コロナの流行で、日本の危機対応では何が教訓だったのでしょうか。
◆日本の中でこの3年間、つらい思いをしなかった人はいないと思います。市民や医療・保健所関係者、政治家、官僚も大変な思いで頑張りました。
今回のパンデミックに対する準備は不十分でした。09年の新型インフルエンザの流行が落ち着いた時、関係者がかなりの時間をかけて対応を検証し、次の流行に備えて厚生労働省に提言をしました。
PCR検査や保健所機能の強化、(関係者の間でリスクの情報共有をして意思疎通を図る)リスクコミュニケーション(リスコミ)、政府と専門家の関係など、今回課題となったテーマがほぼすべて網羅されていました。しかし、政権交代や自然災害もあり、その教訓が十分に生かされませんでした。
準備や必要な体制の整備がされなかったにもかかわらず、これまで死者数が欧米に比べて少なかったのは、一人一人の努力があったことも関係していると思います。
保健所や医療の関係者の懸命な努力があり、市民も政府や自治体の要請に応えてくれました。また政府や自治体も感染状況に応じて対策の強弱をつけてきました。
(他の感染症の)パンデミックは、またいずれ来ると思います。人々の努力に頼るだけでなく、医療制度の強化など、普段から準備しておくことが必要です。
――政府は感染症対策の司令塔として「内閣感染症危機管理統括庁」を設置します。
◆設置には私も賛成ですが、最も重要なのはその中身だと思います。危機への対策は、単に感染症の専門家だけでなく法学やリスコミ、AI(人工知能)など幅広い分野の専門家を前もって登録しておくことが重要です。
危機の際、状況は時間とともに変化していきます。その都度、必要な対策の立案に貢献できる人材がもう少し必要です。公衆衛生、危機管理などに強い人材を育て、あらかじめネットワークを作っておくことが大事です。
――22年6月、政府の「新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議」が、これまでの対策の課題を指摘する文書を公表しています。新型コロナの感染症法上の位置づけが5類に移行されるのを踏まえて、改めて検証し直す必要はありますか。
◆あると思います。評価に第三者が参加することはもちろん重要ですが、その際、実際に対策に関与した行政や専門家らが何を言い、何を書き、何をしたのかということを、なるべく事実をベースにして評価することが重要だと思います。【聞き手・原田啓之、横田愛】
おみ・しげる
1949年、東京都生まれ。自治医大卒。99年から世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局長。地域医療機能推進機構理事長を経て、2022年6月から結核予防会理事長。新型コロナでは、国の対策分科会と基本的対処方針分科会の会長を務める。
この記事だけでは、今後何が重要なのかは私には理解できないが、新型コロナの政府方針に尾身茂分科会の会長が、安倍晋三、菅義偉、岸田文雄――3人の首相と向き合って、並んで記者会見に立った首相もいれば、意見がぶつかった首相もいたということも関連記事に出ていた。
今日のテレビニュースを観ていたら、コンビニの店頭に保育園や病院のお見舞いなどで、コロナ対策のビニールシートやマスクを今日から突然なくして接する様子に違和感を感じたのは私だけだろうか?ちなみに私は13日土曜日にコロナワクチンの6回目の接種をするのだが(笑)
毎日新聞 2023/4/30 07:00 有料記事
尾身茂・新型コロナウイルス感染症対策分科会長はこの3年間、専門家グループのまとめ役として、提言作りに課題を感じていた。「私たちの不満は……」。尾身さんが考えていた「日本に足りなかったこと」とは何だったのか。
「感染症の全体像把握できず」
――この3年、尾身さんはどういう役割だったのでしょうか。
◆専門家グループは疫学やウイルス学、感染症学、公衆衛生学、倫理学など、さまざまな専門家で構成されていました。私からみても皆、信頼できる人たちでした。
しかし、私を含め誰一人として、このしたたかな感染症の全体像を正確に把握することはできませんでした。できるだけ正確に状況を分析し、合理的な対策案を政府に示すために専門家の間で率直な意見交換をしました。私はその勉強会のいわばまとめ役、司会役のような存在でした。
こうした勉強会をしないと、歴史の審判に堪えられないと思いました。毎週日曜日には、平均5時間ほど勉強会に費やしました。時には激しい口論もありました。
――提言作り、市民への説明、政治との交渉の場面では、いずれも尾身さんが中心にいました。
◆多分、私が他の専門家よりも高齢であることや、世界保健機関(WHO)でいろいろな国と調整したり、海外メディアにも対応したりしてきたことが関係あるかもしれません。
――時間をかけて提言をまとめても、政府が了承しないと出せない実情もありました。
◆確かに、そういう場面は時々ありました。我々にできることは提言することだけです。それを採用するかどうかは、政府が決めていました。
「悩みながら議論」
――2021年6月に東京オリンピックへの提言を出す前、分科会の複数のメンバーに与党の国会議員から電話がありました。
◆私にはありませんでした。政府や日本オリンピック委員会(JOC)が観客を入れての開催を希望していたことは我々も認識していました。しかし当時、オリンピック・パラリンピックを開催する、しないにかかわらず夏休みやお盆があり、しかも当時はデルタ株の出現で「このまま放置すれば医療逼迫(ひっぱく)はほぼ間違いない」と我々は判断していました。
政府やJOCの意向に異を唱えるかどうかについて、我々はかなり悩み、議論してきました。ただ、専門家はいざという時に言うべきことを言わないと、信頼を失います。
提言を出す前日、専門家の皆さんと夜遅くまで議論し、社会や政治家から歓迎されないと分かっていましたが、皆で提言書に署名することにしました。
――岸田文雄政権になり、緊急事態宣言を出さなくなりましたね。
◆(前政権の時に)緊急事態宣言が重なり、経済や社会、教育に深刻な影響が出てきて、そろそろ元に戻すべきだという考えが、多くの人に共有されるようになりました。また、致死率も徐々に低下し、ワクチンの接種率も上がってきました。そうしたことが緊急事態宣言を出さなくなった背景にあると思います。
――振り返って「こういうことができていたら」と思うことはありますか。
新型コロナで政府への提言ができるまで
◆提言をまとめるのは時間との闘いで、我々が最も強く感じた不満は、(感染者の症状や感染経路など)リスク評価に必要な情報に迅速にアクセスできなかったことです。専門家メンバーには大学教授がいるので、自分の教室の研究者や大学院生に手伝ってもらって、驚くことなかれ、スマートフォンを使ってデータを集めざるを得ない状況でした。
サポート体制や情報を集めるシステムなどがあれば、もっと良い提言がもっと早く出せたのではないでしょうか。
新型コロナで教訓生かされず
――新型コロナの流行で、日本の危機対応では何が教訓だったのでしょうか。
◆日本の中でこの3年間、つらい思いをしなかった人はいないと思います。市民や医療・保健所関係者、政治家、官僚も大変な思いで頑張りました。
今回のパンデミックに対する準備は不十分でした。09年の新型インフルエンザの流行が落ち着いた時、関係者がかなりの時間をかけて対応を検証し、次の流行に備えて厚生労働省に提言をしました。
PCR検査や保健所機能の強化、(関係者の間でリスクの情報共有をして意思疎通を図る)リスクコミュニケーション(リスコミ)、政府と専門家の関係など、今回課題となったテーマがほぼすべて網羅されていました。しかし、政権交代や自然災害もあり、その教訓が十分に生かされませんでした。
準備や必要な体制の整備がされなかったにもかかわらず、これまで死者数が欧米に比べて少なかったのは、一人一人の努力があったことも関係していると思います。
保健所や医療の関係者の懸命な努力があり、市民も政府や自治体の要請に応えてくれました。また政府や自治体も感染状況に応じて対策の強弱をつけてきました。
(他の感染症の)パンデミックは、またいずれ来ると思います。人々の努力に頼るだけでなく、医療制度の強化など、普段から準備しておくことが必要です。
――政府は感染症対策の司令塔として「内閣感染症危機管理統括庁」を設置します。
◆設置には私も賛成ですが、最も重要なのはその中身だと思います。危機への対策は、単に感染症の専門家だけでなく法学やリスコミ、AI(人工知能)など幅広い分野の専門家を前もって登録しておくことが重要です。
危機の際、状況は時間とともに変化していきます。その都度、必要な対策の立案に貢献できる人材がもう少し必要です。公衆衛生、危機管理などに強い人材を育て、あらかじめネットワークを作っておくことが大事です。
――22年6月、政府の「新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議」が、これまでの対策の課題を指摘する文書を公表しています。新型コロナの感染症法上の位置づけが5類に移行されるのを踏まえて、改めて検証し直す必要はありますか。
◆あると思います。評価に第三者が参加することはもちろん重要ですが、その際、実際に対策に関与した行政や専門家らが何を言い、何を書き、何をしたのかということを、なるべく事実をベースにして評価することが重要だと思います。【聞き手・原田啓之、横田愛】
おみ・しげる
1949年、東京都生まれ。自治医大卒。99年から世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局長。地域医療機能推進機構理事長を経て、2022年6月から結核予防会理事長。新型コロナでは、国の対策分科会と基本的対処方針分科会の会長を務める。
この記事だけでは、今後何が重要なのかは私には理解できないが、新型コロナの政府方針に尾身茂分科会の会長が、安倍晋三、菅義偉、岸田文雄――3人の首相と向き合って、並んで記者会見に立った首相もいれば、意見がぶつかった首相もいたということも関連記事に出ていた。
今日のテレビニュースを観ていたら、コンビニの店頭に保育園や病院のお見舞いなどで、コロナ対策のビニールシートやマスクを今日から突然なくして接する様子に違和感を感じたのは私だけだろうか?ちなみに私は13日土曜日にコロナワクチンの6回目の接種をするのだが(笑)