インタビューに答える医師、作家の海堂尊さん=東京都千代田区で2022年1月11日、内藤絵美撮影
黙っているとバカが強くなる
毎日新聞 2022/1/26 東京夕刊 有料記事
何度この波が訪れるのだろうか。新型コロナウイルスの第6波である。オミクロン株の水際対策を巡る議論が続いていたと思ったら、あっという間に感染拡大した。政府やメディアへの辛辣(しんらつ)な批評を小説に織り交ぜてきた医師で作家の海堂尊さん(60)は、オミクロン禍をどう見ているだろう。人気作家を恐る恐る訪ねた。
「結構ムカムカしていたので、良いタイミングで来てくれましたよ」。冬の雨に打たれ、ぬれたまま出版社のソファに座った海堂さんは、ラフな言い回しながら笑顔で語り始めた。コロナ禍のことかと思えば、NHKが2021年12月に放送した五輪番組で、字幕の一部に不確かな内容があったと発表した一件だった。「今回の騒動もNHKが迅速に認めたということは、字幕は意図的だったと思われても仕方ない。昨年も衆院選より自民党総裁選に報道の時間を割いていたし、テレビは偏向しているのではないでしょうか」
「コロナ黙示録」「コロナ狂騒録」=内藤絵美撮影
冒頭からボルテージが上がっていたのには訳がある。国内で初めて感染者が確認されて2年、政治のお粗末さにずっと腹立たしさを感じてきたからだ。第6波となって猛威をふるうオミクロン株を巡っては、まん延防止措置が適用される自治体が全国に増え続け、これが海堂さんの怒りの種となった。「形式的にはやっているけど中身はスカスカ。空港検疫の実態は報じられず、同じことを繰り返す。要するに国民がなめられてるんですよ」。現役の医師である海堂さん、怒り心頭の様子である。
厚生労働省の助言組織「アドバイザリーボード(AB)」の動きも不可解だ、と海堂さんは言った。20日、さらに感染が急拡大した場合は医療が逼迫(ひっぱく)する恐れがあるとして、重症化リスクの低い若年層は検査せず診断できるよう方針転換を促す有志の提言案を議論したのだった。これが報じられると、海堂さんはすぐに私に連絡をくれた。「感染症対策の基本は『検査して感染者を隔離する』。仮に検査なしに診断するとなれば近代医学の否定です。それによってまん延防止措置などで人々の行動を抑制するとなると、もはや日本は無法地帯で政府のやりたい放題になる」
ABといえば座長に国立感染症研究所の脇田隆字所長、メンバーに政府有識者会議の尾身茂会長らが名を連ね、いわばコロナ対策の中枢部である。結局、厚労省は24日、条件によって医師判断で検査せず診断できるとし、いざとなれば科学軽視も辞さぬ姿は深い疑念を残した。
「進歩をやめて現状維持というのが反知性主義の目指すところ。最近の政府はまさにそれですよ。黙っているとバカが強くなる」。もう我慢ならないとばかり、コロナ後の安倍晋三、菅義偉、岸田文雄と続く歴代内閣をそう酷評した。現政権を率いる岸田首相はコロナ対策では「先手対応」と胸を張り、各社の世論調査で内閣支持率が高水準を維持しているものの、足元の感染爆発の状況に「(岸田政権は)前政権と比べて外見が柔らかいか堅いかだけだと思っています」とにべもない。
海堂さんは医療ミステリー小説「チーム・バチスタの栄光」(宝島社)で知られる。登場人物の掛け合いの面白さ、医療現場を臨場感あふれる筆致で描く人気シリーズで、累計発行部数1000万部を超える。その海堂さんがコロナ禍を題材にして20年7月に「コロナ黙示録」、翌21年9月に続編の「コロナ狂騒録」(いずれも宝島社)を書き下ろしたのである。
シリーズの舞台・桜宮市がコロナに襲われ、おなじみの登場人物が縦横に活躍するのは期待通りだとして、ちょっと異様だったのが「狂騒録」の宣伝文句だ。「公文書を改ざんし、統計のデータをでっち上げる。そんな政府と官僚を前に、史実は物語の中に残すしかありませんでした」。著者の切迫感と覚悟のほどが伝わってくる。
現実に起きた出来事や、実在の政治家、官僚を想起させる人物が登場する点はかなり挑発的だ。安倍元首相や菅前首相、小池百合子東京都知事らを思わせる政治家たちの権力闘争が活写され、現実の時系列に沿って物語が展開する。たとえばこんな具合である。<腹の虫が治まらない酸ケ湯は、小煩(こうるさ)い過去の上司を沈めるべく、禁断の一手を発動した。それが「満開の桜を愛(め)でる会」の前夜に開催された「励ます会」が、政治資金規正法違反に抵触するという告発状を提出した、市民団体の訴えを受理させることだった><小日向都知事は政府に、緊急事態宣言の発出を要請した。しかも老獪(ろうかい)な小日向知事は、酸ケ湯の後見人の煮貝幹事長まで押さえていた>
とはいえ、さすがの海堂さんも菅首相の退陣、その後の岸田政権の誕生までは予想していなかったようだ。「続編の発売と菅さんの辞任が重なったんです。思いっきり的を絞ってジャストミートしようと思ったら、いきなり超スローボールで空振り」とおどけてみせた。
コロナ禍に見舞われて2年、自分にできることは小説を書くことだ、と海堂さんは言う。「コロナの臨床の小説は現場にいる先生が書く以上にリアリティーは出せない。でも医療とは社会を構成するもの。社会システムが壊れたら医療も壊れるという話は多分、僕しか書けない」と強烈な自負心をのぞかせた。
結局のところ、日本は過去に学ぶ必要があった――。これが海堂さんの結論だ。かつ現在執筆中の新作のテーマでもある。日本では明治時代、コレラの流行で多くの死者が出た。「明治政府は大検疫をやった。基本方針は明治時代のほうが極めてまともだった」。厚労省横浜検疫所の検疫史アーカイブによると、1879(明治12)年のコレラの大流行時、明治政府は「病流行地方より入港する船舶は調査し、汚染している場合は直ちに消毒所へ回航して消毒」「到着の日より10日間止め置き、その後上陸を許可」などとしていた。
対していまはコロナの時代。沖縄などの在日米軍基地とその周辺で感染急拡大が発生し、水際対策の「穴」と言われた。日米地位協定9条で米軍人は入管法の適用対象外。米国出国時のPCR検査を免除され、日本入国後の行動制限期間中も基地内で自由に動けたからだ。「明治時代には不平等条約で外国船舶に検疫できなかったが、頑張って条約を変えた。でもいまの日本はこの際だから地位協定を変えようとか、そうした気概のある政治家が出てこない。岸田政権はのらりくらりとごまかしている。日本に政治家は絶滅したのかと言いたくなります」
悲憤を口にした海堂さん、さらにこう続けた。「菅政権はボロボロでしたが、ワクチン接種率が大きく上がったのは立派な功績だと思います。ただワクチン接種の一本足打法だった。公衆衛生はワクチンに頼るだけでは意味がない」。岸田政権に求めることは何もない。岸田さんは聞く耳を持っていないから、と言い切ったのは作家の持つ嗅覚ゆえか。「それでも次の世代の人たちが大変な目に遭うから、考えていることを言い続ける。こうして耳を傾けてくれる人もいないこともない。それは希望ですね」【菅野蘭】
■人物略歴
海堂尊(かいどう・たける)さん
1961年、千葉県生まれ。医師で作家。2006年に「チーム・バチスタの栄光」(宝島社)でデビューし、第4回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞。北里柴三郎と森鷗外を描いた「奏鳴曲 北里と鷗外」が2月に文芸春秋社から出版予定。
この本面白そう!難しい顔して専門語での討論を聞くよりも物語の方が面白くて分かり易いよね。映画仕立てだと一番助かるのだが・・・(笑)。だけど「・・・党はヒットラーみたいだ」なんて批判する政治家より、三人の総理大臣をすぱっと切る海堂尊さんの方が気持ちいいね。
黙っているとバカが強くなる
毎日新聞 2022/1/26 東京夕刊 有料記事
何度この波が訪れるのだろうか。新型コロナウイルスの第6波である。オミクロン株の水際対策を巡る議論が続いていたと思ったら、あっという間に感染拡大した。政府やメディアへの辛辣(しんらつ)な批評を小説に織り交ぜてきた医師で作家の海堂尊さん(60)は、オミクロン禍をどう見ているだろう。人気作家を恐る恐る訪ねた。
「結構ムカムカしていたので、良いタイミングで来てくれましたよ」。冬の雨に打たれ、ぬれたまま出版社のソファに座った海堂さんは、ラフな言い回しながら笑顔で語り始めた。コロナ禍のことかと思えば、NHKが2021年12月に放送した五輪番組で、字幕の一部に不確かな内容があったと発表した一件だった。「今回の騒動もNHKが迅速に認めたということは、字幕は意図的だったと思われても仕方ない。昨年も衆院選より自民党総裁選に報道の時間を割いていたし、テレビは偏向しているのではないでしょうか」
「コロナ黙示録」「コロナ狂騒録」=内藤絵美撮影
冒頭からボルテージが上がっていたのには訳がある。国内で初めて感染者が確認されて2年、政治のお粗末さにずっと腹立たしさを感じてきたからだ。第6波となって猛威をふるうオミクロン株を巡っては、まん延防止措置が適用される自治体が全国に増え続け、これが海堂さんの怒りの種となった。「形式的にはやっているけど中身はスカスカ。空港検疫の実態は報じられず、同じことを繰り返す。要するに国民がなめられてるんですよ」。現役の医師である海堂さん、怒り心頭の様子である。
厚生労働省の助言組織「アドバイザリーボード(AB)」の動きも不可解だ、と海堂さんは言った。20日、さらに感染が急拡大した場合は医療が逼迫(ひっぱく)する恐れがあるとして、重症化リスクの低い若年層は検査せず診断できるよう方針転換を促す有志の提言案を議論したのだった。これが報じられると、海堂さんはすぐに私に連絡をくれた。「感染症対策の基本は『検査して感染者を隔離する』。仮に検査なしに診断するとなれば近代医学の否定です。それによってまん延防止措置などで人々の行動を抑制するとなると、もはや日本は無法地帯で政府のやりたい放題になる」
ABといえば座長に国立感染症研究所の脇田隆字所長、メンバーに政府有識者会議の尾身茂会長らが名を連ね、いわばコロナ対策の中枢部である。結局、厚労省は24日、条件によって医師判断で検査せず診断できるとし、いざとなれば科学軽視も辞さぬ姿は深い疑念を残した。
「進歩をやめて現状維持というのが反知性主義の目指すところ。最近の政府はまさにそれですよ。黙っているとバカが強くなる」。もう我慢ならないとばかり、コロナ後の安倍晋三、菅義偉、岸田文雄と続く歴代内閣をそう酷評した。現政権を率いる岸田首相はコロナ対策では「先手対応」と胸を張り、各社の世論調査で内閣支持率が高水準を維持しているものの、足元の感染爆発の状況に「(岸田政権は)前政権と比べて外見が柔らかいか堅いかだけだと思っています」とにべもない。
海堂さんは医療ミステリー小説「チーム・バチスタの栄光」(宝島社)で知られる。登場人物の掛け合いの面白さ、医療現場を臨場感あふれる筆致で描く人気シリーズで、累計発行部数1000万部を超える。その海堂さんがコロナ禍を題材にして20年7月に「コロナ黙示録」、翌21年9月に続編の「コロナ狂騒録」(いずれも宝島社)を書き下ろしたのである。
シリーズの舞台・桜宮市がコロナに襲われ、おなじみの登場人物が縦横に活躍するのは期待通りだとして、ちょっと異様だったのが「狂騒録」の宣伝文句だ。「公文書を改ざんし、統計のデータをでっち上げる。そんな政府と官僚を前に、史実は物語の中に残すしかありませんでした」。著者の切迫感と覚悟のほどが伝わってくる。
現実に起きた出来事や、実在の政治家、官僚を想起させる人物が登場する点はかなり挑発的だ。安倍元首相や菅前首相、小池百合子東京都知事らを思わせる政治家たちの権力闘争が活写され、現実の時系列に沿って物語が展開する。たとえばこんな具合である。<腹の虫が治まらない酸ケ湯は、小煩(こうるさ)い過去の上司を沈めるべく、禁断の一手を発動した。それが「満開の桜を愛(め)でる会」の前夜に開催された「励ます会」が、政治資金規正法違反に抵触するという告発状を提出した、市民団体の訴えを受理させることだった><小日向都知事は政府に、緊急事態宣言の発出を要請した。しかも老獪(ろうかい)な小日向知事は、酸ケ湯の後見人の煮貝幹事長まで押さえていた>
とはいえ、さすがの海堂さんも菅首相の退陣、その後の岸田政権の誕生までは予想していなかったようだ。「続編の発売と菅さんの辞任が重なったんです。思いっきり的を絞ってジャストミートしようと思ったら、いきなり超スローボールで空振り」とおどけてみせた。
コロナ禍に見舞われて2年、自分にできることは小説を書くことだ、と海堂さんは言う。「コロナの臨床の小説は現場にいる先生が書く以上にリアリティーは出せない。でも医療とは社会を構成するもの。社会システムが壊れたら医療も壊れるという話は多分、僕しか書けない」と強烈な自負心をのぞかせた。
結局のところ、日本は過去に学ぶ必要があった――。これが海堂さんの結論だ。かつ現在執筆中の新作のテーマでもある。日本では明治時代、コレラの流行で多くの死者が出た。「明治政府は大検疫をやった。基本方針は明治時代のほうが極めてまともだった」。厚労省横浜検疫所の検疫史アーカイブによると、1879(明治12)年のコレラの大流行時、明治政府は「病流行地方より入港する船舶は調査し、汚染している場合は直ちに消毒所へ回航して消毒」「到着の日より10日間止め置き、その後上陸を許可」などとしていた。
対していまはコロナの時代。沖縄などの在日米軍基地とその周辺で感染急拡大が発生し、水際対策の「穴」と言われた。日米地位協定9条で米軍人は入管法の適用対象外。米国出国時のPCR検査を免除され、日本入国後の行動制限期間中も基地内で自由に動けたからだ。「明治時代には不平等条約で外国船舶に検疫できなかったが、頑張って条約を変えた。でもいまの日本はこの際だから地位協定を変えようとか、そうした気概のある政治家が出てこない。岸田政権はのらりくらりとごまかしている。日本に政治家は絶滅したのかと言いたくなります」
悲憤を口にした海堂さん、さらにこう続けた。「菅政権はボロボロでしたが、ワクチン接種率が大きく上がったのは立派な功績だと思います。ただワクチン接種の一本足打法だった。公衆衛生はワクチンに頼るだけでは意味がない」。岸田政権に求めることは何もない。岸田さんは聞く耳を持っていないから、と言い切ったのは作家の持つ嗅覚ゆえか。「それでも次の世代の人たちが大変な目に遭うから、考えていることを言い続ける。こうして耳を傾けてくれる人もいないこともない。それは希望ですね」【菅野蘭】
■人物略歴
海堂尊(かいどう・たける)さん
1961年、千葉県生まれ。医師で作家。2006年に「チーム・バチスタの栄光」(宝島社)でデビューし、第4回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞。北里柴三郎と森鷗外を描いた「奏鳴曲 北里と鷗外」が2月に文芸春秋社から出版予定。
この本面白そう!難しい顔して専門語での討論を聞くよりも物語の方が面白くて分かり易いよね。映画仕立てだと一番助かるのだが・・・(笑)。だけど「・・・党はヒットラーみたいだ」なんて批判する政治家より、三人の総理大臣をすぱっと切る海堂尊さんの方が気持ちいいね。