亀井静香氏=玉城達郎撮影
倉重篤郎のニュース最前線 亀井静香 永田町への遺言 岸田よ、アメリカのポチになるな 政治家キーマン5人徹底診断
サンデー毎日 毎日新聞 2021/12/9 05:00 有料記事
「政界の荒法師」と言われ、数々の強力な仕掛けで永田町を揺り動かしてきた長老・亀井静香氏が、激白90分。「国民は明確な意思を政治に吹き込んでない」と断言する亀井氏は、鍛え上げられた見識と、たぎる情熱で、混迷する政治状況と政治のキーマンについて語り始めた―。
平成初期の2大政局と言えば、1993年の細川護熙、翌94年の村山富市2政権の誕生劇であろう。
前者は、戦後続いてきた自民党一極支配体制を、理念も政策も違う野党8党会派を束ねることで引っ繰り返す、これまでの常識を超えたものであったし、後者は、自民党と社会党という戦後一貫して対立してきた2大政党がいきなり手を組んで多数派を形成、政権を獲り返すという、これまた、驚くべき政変であった。
大政局には必ずや凄腕(すごうで)のコーディネーターがいる。裏で動き、政略を重ね、かつての敵を籠絡(ろうらく)し、政治の原動力たる数をまとめあげる人物だ。細川政権では小沢一郎氏がその中軸をなした。村山政権ではどうだったのか。小沢氏に次ぐ政局仕掛け人・亀井静香氏が最近、自らが関わったその経緯を明らかにし始めた。
それによるとこうだ。細川政権によって野党に突き落とされた自民党としてはあらゆる手段を講じて政権復帰を狙うことになった。まずは、国民的人気の高い細川首相をいかに追い落とすか。亀井氏は森喜朗幹事長(当時)の承諾の下に党資金を使って「亀井機関」を作り、細川氏のスキャンダルを探し、氏の抜き差しならぬ情報を摑(つか)んだ。亀井氏は警察官僚時代には諜報(ちょうほう)担当を務めたこともあり、お手のものであった、という。
亀井氏によると、そのネタの重要性に気付いた細川政権側が使者をよこして宥和(ゆうわ)を求めたものの、亀井氏が予算委員会で追及する姿勢を崩さなかったため決裂、細川氏は予算委での追及を待たずに佐川急便からの借金問題を理由に退陣する。
次に亀井氏は社会党を丸ごと寝返らせるため、党内に手を突っ込む。特に小沢体制に不満を持っていた左派人脈に深く刺さっていく。鳥取県警警務部長時代からの付き合いのあった野坂浩賢氏や、同党に強い新聞記者を通じて村山委員長らとの親交を深めていった。そして、最後に打った手が「村山首班」案だった。ポスト細川の羽田孜政権が少数与党で退陣、その後行われた首班指名選挙で自民党の河野洋平総裁ではなく、社会党の村山委員長を首相に担ぎあげようという究極の奇策だった。
当時の社会党はまだ日米安保反対、自衛隊違憲路線を堅持、基本政策が真逆であっただけに両党内に反対もあったが、自民党議員に対しては政権復帰を餌に、社会党議員には自党トップが首班という理屈をつけていずれも乗らざるを得ない形に追い込んだ。かくて自民、社会、新党さきがけの連立政権が成立(4年継続、その間社会党は安保・自衛隊肯定に転換、党名も社民党に変更)、自民党は1年足らずのうちに政権に復帰したことになる。目的のためには手段を問わない、という権力に対する凄(すさ)まじいまでの執念の表れであった。
良く生きようと思うなら政治を考えよ
さて、今回の野党共闘である。基本政策の異なる共産党との「閣外からの協力」路線の修正モードに入っているが、ワンパターンの反共攻撃に怯(ひる)むだけでいいのか。多数勢力をいかに作り出すか。政局のダイナミズムからすれば、むしろ志位和夫共産党委員長を首班指名として担ぐぐらいの戦略的想像力すら必要ではあるまいか。もっと権力に対し貪欲であれ。亀井氏曰(いわ)く、「自社さ連立はそれ以上のコペルニクス的転回だった」。氏は近著『永田町動物園』(講談社)で、興味深い辛口人物月旦(げったん)、回顧談を展開している。その続きを本誌で語っていただく。
選挙結果は現状維持?
「自民党が勝ったか負けたかわからんような選挙だった。ダレきっている。国民もダメなんだよ。明確な意思を政治に吹き込んでない。投票率も低かった。ということは国民自体が政治に関心持たない、国民自体が自分たちが生きることに熱心でなくなったんだよ。自分たちが良く生きようと思えば、やはり政治を考える。何とかおまんまが食えるからすべて中途半端だ」
野党共闘どう見た?
「自公が『立憲共産党』だと批判した。頭いい。あれで共産党の戦力をうんと削(そ)いだ。共産党は地方に行けばまだのけ者だ。アレルギーがある。悪女の深情けになった。ただ、俺が関与した自社さ連立に比べれば、何てことはない。あの時は村山首班が鍵だった。
衆院本会議場で談笑する自民党の亀井静香政調会長(左端)、森喜朗首相(右から2人目)ら=東京・国会内(2000年11月9日)時事ドットコムから
村山さんの『OK』が出た時には俺と森(幹事長)が男同士、抱き合って泣いた。劇的な場面だ。安保反対を担いだ。今で言えば志位委員長を首相にするような話だ。よくぞそこまで踏みこんだ。国家のためだった」
志位氏については評価?
「彼は現実主義だ。以前は党として天皇陛下の国会行事ご臨席に出てこなかったが、俺の助言を受けて出るようになった。実に柔軟だ。彼らの政策には良いものもある。一部の人が富を独占する新自由主義はダメだとか、増税反対にも俺は共鳴している。日米安保についても俺と同じ考えだ」
「つまり、米国に一方的に守ってもらう『ポチ』ではなく、対等な関係を築くべきだと考えている。日米安保条約を破棄し自衛力を増強して自国防衛すべきだと。別に反米主義者というわけではない。米国民主主義の伝統に対しては独立戦争以来敬意を持っている」
立憲の進むべき道は?
「権力をもぎ取るような迫力がない。野党であることを忘れている。物理的抵抗も一つの手段だ。国民に対しても、ひどいことを言いやがるなというくらいの正論をぶつけたらいい」
維新が増えた。
「これはね、泡沫(うたかた)のものだ。大阪のローカル政党。全国津々浦々には広がらない。それにしても維新なんて名前よく付けたね」
岸田文雄首相はどう?
「柔(やわ)な奴(やつ)が大将になってしまった、というのが率直なところだ。親父(おやじ)(岸田文武)とは同期生、いい人だったが、その延長線上かと。もともと宏池会はお公家集団。突破力に欠くDNAだ。ただ今度のコロナ対応でちょっと見直した。自分の責任でどこよりも厳しい入国規制を前倒しで課した」
社会を変えるには小沢の突撃力が必要
操り人形説もある。
「最近は麻生(太郎)とか(安倍)晋三よりも、いい顔になってきた。総理は孤独だ。孤独に耐えて斎戒沐浴(さいかいもくよく)して、国家と国民だけを考えてやれば、岸田でもある程度やっていけるよ」
新しい資本主義と言う。
「格差是正を簡単に解消する手がある。500兆円と言われる企業の内部留保への課税だ。税金で払うよりも従業員に給与で払おうとなる。議論だけではダメだ。実際にやってみせないと国民はわからない。岸田に会って話をしてやってもいいが、のこのこ爺(じじい)が出ていくのも問題だから、いまちょっと控えている」
岸田政権の顔ぶれは?
「(茂木敏充幹事長は)できる方ではないか。ただ大人の風格はない。(高市早苗政調会長は)まあまあだ。男勝りの度胸がある。女も度胸よ。(右過ぎる?)俺から見たらまだ左だ。そもそも右だの左だのレッテル貼ってはいけない。政策はその時の状況によって決めればいい。俺が村山政権を作った時がそうだった。(福田達夫総務会長は)3世だからいいというものではない。これからだな」
「今の自民党の最大のアキレス腱(けん)は反主流派がいないことだ。中でお互いに足を引っ張らないと切磋琢磨(せっさたくま)にならない。全体が弱くなる。どけどけ、俺がやる、と言うことだ。石破茂に一時、期待したが、やれそうな奴がどんどん消えていく」
選挙制度のせい?
「そうだが、制度のせいにしてはいけない。制度は政治家自らが作っている。神様が作っているわけではない。どんなに苦しくてもこれはいかんと思ったら変える努力をせにゃいかん。現職議員が今のままの方が都合いいから変えられない」
安倍派を起(た)ち上げた。
「派閥領袖(りょうしゅう)になって何やら嬉(うれ)しそうだが、かげろうではないの。数が多ければいいというもんじゃない。晋三よ。お前は人はいいが、信頼できる子分や後継者がいるのかということだ」
ところで小沢一郎氏は?
「選挙区で負けた。残酷だが、俺に言わせると時代の流れだ。小沢は最も因縁深い政治家だ。『手を結んで喧嘩(けんか)して』の繰り返しだった。彼は、人と協議して物事を前に進めることができない。だが、彼に絶対的権力を与えたらその突撃力は凄い。大きな仕事をする。もう79歳。ただ、この手の人材はそう出てくるわけではない。世の中を変えるには必要だ。3度目の政権交代を見るまでは引退しないつもりなのではないか」
「ポチ外交」に話を戻す。日米安保におんぶに抱っこ、が日本国民の政治的無関心の根っこにあるのでは?
「その通りだ。ポチになるのに慣れちゃった。米国のポチが居心地いいからだ。今米国がポチの餌を取り上げようとしている。在日米軍の思いやり予算の増額だ。繰り返すが、安保条約を破棄すればいいんだ。米国が日本を守ってやるのは片務的な措置だというなら米国としては文句ないはずだが、そこで正体を現してしまった。日本を守っていると称し、占領期と同様軍事基地を横須賀、横田、沖縄、岩国と好きなところに置き、そのまま使っている。事実上彼らの領土だ。同じ敗戦国でもイタリア、ドイツは地位協定を変えて関係対等化に努めている」
自民からその声出ない。
「もう日本人が日本人ではなくなっているからよ」
かつて後藤田正晴氏が冷戦崩壊直後に日米安保解消論を唱えたことがある。
「まあ後藤田さんも警察出身。警察官やっていると同じ発想になるかしらんが、誰が考えてもそうだ。米国とはもっと距離を置いた方がいい。岸田が訪米を検討しているが、参勤交代的な外交はやめた方がいい」
死滅する前に最後の光を輝かせる
対中国は?
「民主党政権下の2009年12月、当時副主席の習近平が来日したが、あの時、天皇陛下との会見を実現させたのは俺だ。羽毛田(はけた)信吾宮内庁長官が『1カ月前申請』ルールを盾にウンと言わない。中国側に泣きつかれた俺が羽毛田に電話で直談判、『お前は役人だろう。役人は上から命令されたら聞かねばならんだろう』『それはそうです』と。『ではお前の上司である平野博文官房長官から言わせる』と言ってのませた。習には大きな貸しがある。米国一辺倒のフリをしながらも中国を使うことも考える。他の飼い主もいるというフリをしなければならない。フリをするのが外交なんだよ」
「ただ、それには韓国を味方にしなければダメだ。それを、向こうに追いやっている。韓国は国内では反日でないとやっていけない。過去の歴史を見れば明らかだ。だからそんなことに目くじら立てずに兄貴分として腹を見せ、北朝鮮も引き込んでいけばいい。仲良しクラブでは外交ではない。敵まで引き込むのが外交だ。今の外交は敵をどんどん追いやっている。それは外交ではない。戦争だよ」
岸田氏にその腹は?
「少し期待している。米国のポチになるなかれだ」
永田町への遺言は?
「人類が出現してどのくらい経(た)つか。文明が発達し便利な社会になったが、一方で人類は自ら作った文明によって食い殺される、という深刻な局面だ。例えば、AI(人工知能)だ。人間が作った機械に人間が使われ、人間が要らなくなるような社会を作ろうとしている。地球にAIだけが生き残る状況を想像したらいい。地球温暖化も然(しか)り。人類が死滅に向かっている。大宇宙の中で一つの惑星が塵(ちり)として消えていくのではないか。そんなイメージだ」
「さはさりながらよ。死滅する前に最後の光を輝かせなければならない。このまま塵として消えていくのではなく、政治がもう一働きしなければならない」
「自らが自らを殺してしまう過程を逆転させるべきだ。例えば、東京一極集中の是正だ。コロナでの3密回避もあり、これまで東京に全国から人口が集中する流れが止まり、逆に地方に向かっている。災い転じて福となせだ。地方での第1次産業を重視し、再生可能エネルギーを充実強化する。特別交付税など資金を地方に回す。地方文化を育成することも大切だ。形だけではなく心も伴わなければダメだ。死に絶えつつある地方の芸術文化を振興する。地方を産業、文化再生の拠点にするのが政治の役割だ」
◇ ◇
かつて権力闘争で血で血を洗った荒法師も今や85歳の好々爺(こうこうや)。日本有数の大規模太陽光・バイオ発電を手掛ける実業家でもある。政財官・闇世界への人脈、影響力なお尋常ならざるものがあると聞く。「遺言を」と聞いたら「お前は俺を殺すのか。誰に頼まれた」と凄まれた。ただ、その文明史観、ポチ的状況克服論、いずれも傾聴に値した。
かめい・しずか
1936年生まれ。元警察官僚、政治家。運輸相、建設相、国民新党代表、内閣府特命担当相などを歴任。著書に『永田町動物園』など
くらしげ・あつろう
1953年、東京都生まれ。78年東京大教育学部卒、毎日新聞入社、水戸、青森支局、整理、政治、経済部。2004年政治部長、11年論説委員長、13年専門編集委員
長い記事だが面白い!国会の現在や評論家の話には興味はないが、これだけ言いたいことを言う亀井静香さんの放談?は興味深い。政治は国会やマスメディアだけでは進んでいないことがよく分かる。亀井さんがこう話したからって明日から政治が変わるわけはないだろうが、権力を奪い合って、国家予算の使い道を決めるのは政治なんだな。今日録画していた「メルケルが残したもの -16年間の足跡-」BS1を観ていたが、彼女のような政治家は世界を探しても、もう出てこないだろうね!日本の若者たちが、政治をしっかり監視して舵取りをやっていかなければ、日本のお先は真っ暗!ということになるだろうね。
倉重篤郎のニュース最前線 亀井静香 永田町への遺言 岸田よ、アメリカのポチになるな 政治家キーマン5人徹底診断
サンデー毎日 毎日新聞 2021/12/9 05:00 有料記事
「政界の荒法師」と言われ、数々の強力な仕掛けで永田町を揺り動かしてきた長老・亀井静香氏が、激白90分。「国民は明確な意思を政治に吹き込んでない」と断言する亀井氏は、鍛え上げられた見識と、たぎる情熱で、混迷する政治状況と政治のキーマンについて語り始めた―。
平成初期の2大政局と言えば、1993年の細川護熙、翌94年の村山富市2政権の誕生劇であろう。
前者は、戦後続いてきた自民党一極支配体制を、理念も政策も違う野党8党会派を束ねることで引っ繰り返す、これまでの常識を超えたものであったし、後者は、自民党と社会党という戦後一貫して対立してきた2大政党がいきなり手を組んで多数派を形成、政権を獲り返すという、これまた、驚くべき政変であった。
大政局には必ずや凄腕(すごうで)のコーディネーターがいる。裏で動き、政略を重ね、かつての敵を籠絡(ろうらく)し、政治の原動力たる数をまとめあげる人物だ。細川政権では小沢一郎氏がその中軸をなした。村山政権ではどうだったのか。小沢氏に次ぐ政局仕掛け人・亀井静香氏が最近、自らが関わったその経緯を明らかにし始めた。
それによるとこうだ。細川政権によって野党に突き落とされた自民党としてはあらゆる手段を講じて政権復帰を狙うことになった。まずは、国民的人気の高い細川首相をいかに追い落とすか。亀井氏は森喜朗幹事長(当時)の承諾の下に党資金を使って「亀井機関」を作り、細川氏のスキャンダルを探し、氏の抜き差しならぬ情報を摑(つか)んだ。亀井氏は警察官僚時代には諜報(ちょうほう)担当を務めたこともあり、お手のものであった、という。
亀井氏によると、そのネタの重要性に気付いた細川政権側が使者をよこして宥和(ゆうわ)を求めたものの、亀井氏が予算委員会で追及する姿勢を崩さなかったため決裂、細川氏は予算委での追及を待たずに佐川急便からの借金問題を理由に退陣する。
次に亀井氏は社会党を丸ごと寝返らせるため、党内に手を突っ込む。特に小沢体制に不満を持っていた左派人脈に深く刺さっていく。鳥取県警警務部長時代からの付き合いのあった野坂浩賢氏や、同党に強い新聞記者を通じて村山委員長らとの親交を深めていった。そして、最後に打った手が「村山首班」案だった。ポスト細川の羽田孜政権が少数与党で退陣、その後行われた首班指名選挙で自民党の河野洋平総裁ではなく、社会党の村山委員長を首相に担ぎあげようという究極の奇策だった。
当時の社会党はまだ日米安保反対、自衛隊違憲路線を堅持、基本政策が真逆であっただけに両党内に反対もあったが、自民党議員に対しては政権復帰を餌に、社会党議員には自党トップが首班という理屈をつけていずれも乗らざるを得ない形に追い込んだ。かくて自民、社会、新党さきがけの連立政権が成立(4年継続、その間社会党は安保・自衛隊肯定に転換、党名も社民党に変更)、自民党は1年足らずのうちに政権に復帰したことになる。目的のためには手段を問わない、という権力に対する凄(すさ)まじいまでの執念の表れであった。
良く生きようと思うなら政治を考えよ
さて、今回の野党共闘である。基本政策の異なる共産党との「閣外からの協力」路線の修正モードに入っているが、ワンパターンの反共攻撃に怯(ひる)むだけでいいのか。多数勢力をいかに作り出すか。政局のダイナミズムからすれば、むしろ志位和夫共産党委員長を首班指名として担ぐぐらいの戦略的想像力すら必要ではあるまいか。もっと権力に対し貪欲であれ。亀井氏曰(いわ)く、「自社さ連立はそれ以上のコペルニクス的転回だった」。氏は近著『永田町動物園』(講談社)で、興味深い辛口人物月旦(げったん)、回顧談を展開している。その続きを本誌で語っていただく。
選挙結果は現状維持?
「自民党が勝ったか負けたかわからんような選挙だった。ダレきっている。国民もダメなんだよ。明確な意思を政治に吹き込んでない。投票率も低かった。ということは国民自体が政治に関心持たない、国民自体が自分たちが生きることに熱心でなくなったんだよ。自分たちが良く生きようと思えば、やはり政治を考える。何とかおまんまが食えるからすべて中途半端だ」
野党共闘どう見た?
「自公が『立憲共産党』だと批判した。頭いい。あれで共産党の戦力をうんと削(そ)いだ。共産党は地方に行けばまだのけ者だ。アレルギーがある。悪女の深情けになった。ただ、俺が関与した自社さ連立に比べれば、何てことはない。あの時は村山首班が鍵だった。
衆院本会議場で談笑する自民党の亀井静香政調会長(左端)、森喜朗首相(右から2人目)ら=東京・国会内(2000年11月9日)時事ドットコムから
村山さんの『OK』が出た時には俺と森(幹事長)が男同士、抱き合って泣いた。劇的な場面だ。安保反対を担いだ。今で言えば志位委員長を首相にするような話だ。よくぞそこまで踏みこんだ。国家のためだった」
志位氏については評価?
「彼は現実主義だ。以前は党として天皇陛下の国会行事ご臨席に出てこなかったが、俺の助言を受けて出るようになった。実に柔軟だ。彼らの政策には良いものもある。一部の人が富を独占する新自由主義はダメだとか、増税反対にも俺は共鳴している。日米安保についても俺と同じ考えだ」
「つまり、米国に一方的に守ってもらう『ポチ』ではなく、対等な関係を築くべきだと考えている。日米安保条約を破棄し自衛力を増強して自国防衛すべきだと。別に反米主義者というわけではない。米国民主主義の伝統に対しては独立戦争以来敬意を持っている」
立憲の進むべき道は?
「権力をもぎ取るような迫力がない。野党であることを忘れている。物理的抵抗も一つの手段だ。国民に対しても、ひどいことを言いやがるなというくらいの正論をぶつけたらいい」
維新が増えた。
「これはね、泡沫(うたかた)のものだ。大阪のローカル政党。全国津々浦々には広がらない。それにしても維新なんて名前よく付けたね」
岸田文雄首相はどう?
「柔(やわ)な奴(やつ)が大将になってしまった、というのが率直なところだ。親父(おやじ)(岸田文武)とは同期生、いい人だったが、その延長線上かと。もともと宏池会はお公家集団。突破力に欠くDNAだ。ただ今度のコロナ対応でちょっと見直した。自分の責任でどこよりも厳しい入国規制を前倒しで課した」
社会を変えるには小沢の突撃力が必要
操り人形説もある。
「最近は麻生(太郎)とか(安倍)晋三よりも、いい顔になってきた。総理は孤独だ。孤独に耐えて斎戒沐浴(さいかいもくよく)して、国家と国民だけを考えてやれば、岸田でもある程度やっていけるよ」
新しい資本主義と言う。
「格差是正を簡単に解消する手がある。500兆円と言われる企業の内部留保への課税だ。税金で払うよりも従業員に給与で払おうとなる。議論だけではダメだ。実際にやってみせないと国民はわからない。岸田に会って話をしてやってもいいが、のこのこ爺(じじい)が出ていくのも問題だから、いまちょっと控えている」
岸田政権の顔ぶれは?
「(茂木敏充幹事長は)できる方ではないか。ただ大人の風格はない。(高市早苗政調会長は)まあまあだ。男勝りの度胸がある。女も度胸よ。(右過ぎる?)俺から見たらまだ左だ。そもそも右だの左だのレッテル貼ってはいけない。政策はその時の状況によって決めればいい。俺が村山政権を作った時がそうだった。(福田達夫総務会長は)3世だからいいというものではない。これからだな」
「今の自民党の最大のアキレス腱(けん)は反主流派がいないことだ。中でお互いに足を引っ張らないと切磋琢磨(せっさたくま)にならない。全体が弱くなる。どけどけ、俺がやる、と言うことだ。石破茂に一時、期待したが、やれそうな奴がどんどん消えていく」
選挙制度のせい?
「そうだが、制度のせいにしてはいけない。制度は政治家自らが作っている。神様が作っているわけではない。どんなに苦しくてもこれはいかんと思ったら変える努力をせにゃいかん。現職議員が今のままの方が都合いいから変えられない」
安倍派を起(た)ち上げた。
「派閥領袖(りょうしゅう)になって何やら嬉(うれ)しそうだが、かげろうではないの。数が多ければいいというもんじゃない。晋三よ。お前は人はいいが、信頼できる子分や後継者がいるのかということだ」
ところで小沢一郎氏は?
「選挙区で負けた。残酷だが、俺に言わせると時代の流れだ。小沢は最も因縁深い政治家だ。『手を結んで喧嘩(けんか)して』の繰り返しだった。彼は、人と協議して物事を前に進めることができない。だが、彼に絶対的権力を与えたらその突撃力は凄い。大きな仕事をする。もう79歳。ただ、この手の人材はそう出てくるわけではない。世の中を変えるには必要だ。3度目の政権交代を見るまでは引退しないつもりなのではないか」
「ポチ外交」に話を戻す。日米安保におんぶに抱っこ、が日本国民の政治的無関心の根っこにあるのでは?
「その通りだ。ポチになるのに慣れちゃった。米国のポチが居心地いいからだ。今米国がポチの餌を取り上げようとしている。在日米軍の思いやり予算の増額だ。繰り返すが、安保条約を破棄すればいいんだ。米国が日本を守ってやるのは片務的な措置だというなら米国としては文句ないはずだが、そこで正体を現してしまった。日本を守っていると称し、占領期と同様軍事基地を横須賀、横田、沖縄、岩国と好きなところに置き、そのまま使っている。事実上彼らの領土だ。同じ敗戦国でもイタリア、ドイツは地位協定を変えて関係対等化に努めている」
自民からその声出ない。
「もう日本人が日本人ではなくなっているからよ」
かつて後藤田正晴氏が冷戦崩壊直後に日米安保解消論を唱えたことがある。
「まあ後藤田さんも警察出身。警察官やっていると同じ発想になるかしらんが、誰が考えてもそうだ。米国とはもっと距離を置いた方がいい。岸田が訪米を検討しているが、参勤交代的な外交はやめた方がいい」
死滅する前に最後の光を輝かせる
対中国は?
「民主党政権下の2009年12月、当時副主席の習近平が来日したが、あの時、天皇陛下との会見を実現させたのは俺だ。羽毛田(はけた)信吾宮内庁長官が『1カ月前申請』ルールを盾にウンと言わない。中国側に泣きつかれた俺が羽毛田に電話で直談判、『お前は役人だろう。役人は上から命令されたら聞かねばならんだろう』『それはそうです』と。『ではお前の上司である平野博文官房長官から言わせる』と言ってのませた。習には大きな貸しがある。米国一辺倒のフリをしながらも中国を使うことも考える。他の飼い主もいるというフリをしなければならない。フリをするのが外交なんだよ」
「ただ、それには韓国を味方にしなければダメだ。それを、向こうに追いやっている。韓国は国内では反日でないとやっていけない。過去の歴史を見れば明らかだ。だからそんなことに目くじら立てずに兄貴分として腹を見せ、北朝鮮も引き込んでいけばいい。仲良しクラブでは外交ではない。敵まで引き込むのが外交だ。今の外交は敵をどんどん追いやっている。それは外交ではない。戦争だよ」
岸田氏にその腹は?
「少し期待している。米国のポチになるなかれだ」
永田町への遺言は?
「人類が出現してどのくらい経(た)つか。文明が発達し便利な社会になったが、一方で人類は自ら作った文明によって食い殺される、という深刻な局面だ。例えば、AI(人工知能)だ。人間が作った機械に人間が使われ、人間が要らなくなるような社会を作ろうとしている。地球にAIだけが生き残る状況を想像したらいい。地球温暖化も然(しか)り。人類が死滅に向かっている。大宇宙の中で一つの惑星が塵(ちり)として消えていくのではないか。そんなイメージだ」
「さはさりながらよ。死滅する前に最後の光を輝かせなければならない。このまま塵として消えていくのではなく、政治がもう一働きしなければならない」
「自らが自らを殺してしまう過程を逆転させるべきだ。例えば、東京一極集中の是正だ。コロナでの3密回避もあり、これまで東京に全国から人口が集中する流れが止まり、逆に地方に向かっている。災い転じて福となせだ。地方での第1次産業を重視し、再生可能エネルギーを充実強化する。特別交付税など資金を地方に回す。地方文化を育成することも大切だ。形だけではなく心も伴わなければダメだ。死に絶えつつある地方の芸術文化を振興する。地方を産業、文化再生の拠点にするのが政治の役割だ」
◇ ◇
かつて権力闘争で血で血を洗った荒法師も今や85歳の好々爺(こうこうや)。日本有数の大規模太陽光・バイオ発電を手掛ける実業家でもある。政財官・闇世界への人脈、影響力なお尋常ならざるものがあると聞く。「遺言を」と聞いたら「お前は俺を殺すのか。誰に頼まれた」と凄まれた。ただ、その文明史観、ポチ的状況克服論、いずれも傾聴に値した。
かめい・しずか
1936年生まれ。元警察官僚、政治家。運輸相、建設相、国民新党代表、内閣府特命担当相などを歴任。著書に『永田町動物園』など
くらしげ・あつろう
1953年、東京都生まれ。78年東京大教育学部卒、毎日新聞入社、水戸、青森支局、整理、政治、経済部。2004年政治部長、11年論説委員長、13年専門編集委員
長い記事だが面白い!国会の現在や評論家の話には興味はないが、これだけ言いたいことを言う亀井静香さんの放談?は興味深い。政治は国会やマスメディアだけでは進んでいないことがよく分かる。亀井さんがこう話したからって明日から政治が変わるわけはないだろうが、権力を奪い合って、国家予算の使い道を決めるのは政治なんだな。今日録画していた「メルケルが残したもの -16年間の足跡-」BS1を観ていたが、彼女のような政治家は世界を探しても、もう出てこないだろうね!日本の若者たちが、政治をしっかり監視して舵取りをやっていかなければ、日本のお先は真っ暗!ということになるだろうね。