=東京都港区で、山下浩一撮影
小父さんも現役時代に、急に派遣の女子社員が職場に入って来たのをよく知っている。なにせ電卓からコンピューターへの切り替え時で派遣の女子社員がキーボードをとても早く打てて小父さんも負けじと取り組んだことが思い出される。
彼女たちの悲哀は直接あまり聞く機会もなかったのだが、他の職場での男性派遣社員の話をよく聞かされた。いくら仕事が出来ても派遣社員の給料が上がる分けではない。間に入っている派遣会社が大きく派遣社員料金をもらっているんじゃーないだろうか?
正に平成という時代の経済基盤を支えていたのが、派遣社員たちで、人件費を抑制できた分だけ会社の経費も助かったと思う。記事に載っているような Me too 的なセクハラがそんなに蔓延していることは知らなかった。中園ミホさんは社会の断面をコミカルにドラマ化することの天才だと思う。
平成という時代 「ハケン」により冷たく 脚本家・中園ミホさん(59)
毎日新聞 2019年3月29日 東京朝刊
「派遣は黙って正社員の言うことを聞いてりゃいいんだ」「その派遣に頼っているのは誰ですか、正社員さん」--。
派遣社員が高い能力で次々と職場の窮地を救い、正社員をうならせる2007年の大ヒットドラマ「ハケンの品格」。脚本を書いた中園ミホさん(59)は、取材した派遣社員らとの交流を今も続けている。「非正規社員の労働環境はあの頃よりずっとひどくなっている。弱い立場の人にますます冷たい世の中になっていると思いませんか」
中央が大前春子役の篠原涼子さん。
「ハケンの品格」は平成の時代を通してヒットを飛ばしてきた中園さんが初めて、自分からテレビ局に持ち込んだ企画だ。きっかけは05年に別の取材で耳にした商社の女性社員の一言だった。「今、職場の花は派遣さん」
会社に縛られずスキルを磨きながらできる新しい働き方--。そんな触れ込みで1986年に労働者派遣法で容認された派遣社員は、99年に対象業務が原則自由化され、06年度には321万人と20年で10倍以上に増えた。
取材で当事者たちとテーブルを囲むと、気になることがあった。「職場の話になるとシャッターを下ろすようにすっと話題をすり替えられる。だけどみんな『分け隔てなく良くしてもらっています』とにこにこしている。不自然に感じた」という。それから彼女たちと毎週のように会った。
やっと1人の女性が語り出したのは数カ月後だった。以前の派遣先で、妻のいる管理職の男性から食事に誘われ、契約を打ち切られるのが怖くて応じた。無理やりキスをされても我慢したが、2軒目の店を出た後にホテルの入り口まで連れて行かれ、突き飛ばして帰った。その1週間後に契約は切られた--。
「気づくとその場にいた5人全員が泣いていました。ああ、これは書かなきゃいけない、ドラマにしなきゃいけないと思いました」
どこの職場でも名前は覚えてもらえず、呼ばれる時は「派遣さん」。差別やいじめを受けても、派遣先にも派遣元にも相談できる人など誰もいない。女性たちはせきを切ったように打ち明けた。
◇
中園さんは10歳で父親、19歳で母親を病気で亡くした。当時見たテレビドラマの内容は今も詳細に覚えている。虚構の世界に逃げ込むしかなかったのだ。
デビュー6年目の93年、未婚のまま息子を産んだ。家族が欲しかった。だがそれを機に、親代わりになって支えてくれた親戚の半分は愛想を尽かしたのか離れていった。それからは普段、息子を夜寝かしつけてから仕事をしたが、「連ドラ」を抱えている時はそうもいかない。かまってもらえずにむずかる息子に「うちはこうしないと食べていけないんだから」と言い聞かせた。不安と孤独の中で、働き、生きる苦労は身にしみていた。
「ハケンの品格」はあえて荒唐無稽(むけい)なコメディータッチに仕立てた。「自分だったら職場で起きていることをうちに帰ってからテレビでまた見たくなんかない。笑ってすかっとして『明日も頑張るぞ』と思ってもらえるドラマにしたかった」と話す。ドラマは平均視聴率20%を超える大ヒットとなった。
その後も「働く女性たちを元気に」を意識して脚本を書いている。フリーの女性外科医が権威主義の大学病院に乗り込み、次々と患者を救う「ドクターX~外科医・大門未知子~」(12年)。
中央がフリーランス外科医の大門未知子役の米倉涼子さん
ヒロインは「致しません」の決めぜりふで納得のいかない業務や付き合いを一切拒否する。思いがけないこともあった。「うれしかったのは50代、60代の男性からも『言いたいことを言ってくれてすっきりする』とたくさんの反響があったこと。社会や組織の中で息苦しさを抱えているのは男性も同じなんだなと」
人工知能(AI)の時代が本格的に到来して仕事を失う不安を派遣の女性たちから聞き、最近はAIへの関心を強めている。
「この30年で飛躍的に女性が声を上げられるようになった。でもそれは、女性も男性も不安定で立場の弱い人が声を上げずにはいられない厳しい社会になったということ。時代の変化が早過ぎて予測できないけど、だからこそ書かなくちゃと思うんです。みんなで必ずいい時代、明るい時代にするんだという希望を持ってもらえるドラマを」【合田月美】=つづく
小父さんも現役時代に、急に派遣の女子社員が職場に入って来たのをよく知っている。なにせ電卓からコンピューターへの切り替え時で派遣の女子社員がキーボードをとても早く打てて小父さんも負けじと取り組んだことが思い出される。
彼女たちの悲哀は直接あまり聞く機会もなかったのだが、他の職場での男性派遣社員の話をよく聞かされた。いくら仕事が出来ても派遣社員の給料が上がる分けではない。間に入っている派遣会社が大きく派遣社員料金をもらっているんじゃーないだろうか?
正に平成という時代の経済基盤を支えていたのが、派遣社員たちで、人件費を抑制できた分だけ会社の経費も助かったと思う。記事に載っているような Me too 的なセクハラがそんなに蔓延していることは知らなかった。中園ミホさんは社会の断面をコミカルにドラマ化することの天才だと思う。
平成という時代 「ハケン」により冷たく 脚本家・中園ミホさん(59)
毎日新聞 2019年3月29日 東京朝刊
「派遣は黙って正社員の言うことを聞いてりゃいいんだ」「その派遣に頼っているのは誰ですか、正社員さん」--。
派遣社員が高い能力で次々と職場の窮地を救い、正社員をうならせる2007年の大ヒットドラマ「ハケンの品格」。脚本を書いた中園ミホさん(59)は、取材した派遣社員らとの交流を今も続けている。「非正規社員の労働環境はあの頃よりずっとひどくなっている。弱い立場の人にますます冷たい世の中になっていると思いませんか」
中央が大前春子役の篠原涼子さん。
「ハケンの品格」は平成の時代を通してヒットを飛ばしてきた中園さんが初めて、自分からテレビ局に持ち込んだ企画だ。きっかけは05年に別の取材で耳にした商社の女性社員の一言だった。「今、職場の花は派遣さん」
会社に縛られずスキルを磨きながらできる新しい働き方--。そんな触れ込みで1986年に労働者派遣法で容認された派遣社員は、99年に対象業務が原則自由化され、06年度には321万人と20年で10倍以上に増えた。
取材で当事者たちとテーブルを囲むと、気になることがあった。「職場の話になるとシャッターを下ろすようにすっと話題をすり替えられる。だけどみんな『分け隔てなく良くしてもらっています』とにこにこしている。不自然に感じた」という。それから彼女たちと毎週のように会った。
やっと1人の女性が語り出したのは数カ月後だった。以前の派遣先で、妻のいる管理職の男性から食事に誘われ、契約を打ち切られるのが怖くて応じた。無理やりキスをされても我慢したが、2軒目の店を出た後にホテルの入り口まで連れて行かれ、突き飛ばして帰った。その1週間後に契約は切られた--。
「気づくとその場にいた5人全員が泣いていました。ああ、これは書かなきゃいけない、ドラマにしなきゃいけないと思いました」
どこの職場でも名前は覚えてもらえず、呼ばれる時は「派遣さん」。差別やいじめを受けても、派遣先にも派遣元にも相談できる人など誰もいない。女性たちはせきを切ったように打ち明けた。
◇
中園さんは10歳で父親、19歳で母親を病気で亡くした。当時見たテレビドラマの内容は今も詳細に覚えている。虚構の世界に逃げ込むしかなかったのだ。
デビュー6年目の93年、未婚のまま息子を産んだ。家族が欲しかった。だがそれを機に、親代わりになって支えてくれた親戚の半分は愛想を尽かしたのか離れていった。それからは普段、息子を夜寝かしつけてから仕事をしたが、「連ドラ」を抱えている時はそうもいかない。かまってもらえずにむずかる息子に「うちはこうしないと食べていけないんだから」と言い聞かせた。不安と孤独の中で、働き、生きる苦労は身にしみていた。
「ハケンの品格」はあえて荒唐無稽(むけい)なコメディータッチに仕立てた。「自分だったら職場で起きていることをうちに帰ってからテレビでまた見たくなんかない。笑ってすかっとして『明日も頑張るぞ』と思ってもらえるドラマにしたかった」と話す。ドラマは平均視聴率20%を超える大ヒットとなった。
その後も「働く女性たちを元気に」を意識して脚本を書いている。フリーの女性外科医が権威主義の大学病院に乗り込み、次々と患者を救う「ドクターX~外科医・大門未知子~」(12年)。
中央がフリーランス外科医の大門未知子役の米倉涼子さん
ヒロインは「致しません」の決めぜりふで納得のいかない業務や付き合いを一切拒否する。思いがけないこともあった。「うれしかったのは50代、60代の男性からも『言いたいことを言ってくれてすっきりする』とたくさんの反響があったこと。社会や組織の中で息苦しさを抱えているのは男性も同じなんだなと」
人工知能(AI)の時代が本格的に到来して仕事を失う不安を派遣の女性たちから聞き、最近はAIへの関心を強めている。
「この30年で飛躍的に女性が声を上げられるようになった。でもそれは、女性も男性も不安定で立場の弱い人が声を上げずにはいられない厳しい社会になったということ。時代の変化が早過ぎて予測できないけど、だからこそ書かなくちゃと思うんです。みんなで必ずいい時代、明るい時代にするんだという希望を持ってもらえるドラマを」【合田月美】=つづく